そーいちろー

トゥー・スリープ・ウィズ・アンガーのそーいちろーのレビュー・感想・評価

4.2
これは淡々と描かれた映画ながら、そこに横たわる宗教的価値観や、黒人たちが置かれてきた社会状況や世代間対立等、さまざまなテーマが織り込まれた、かなり重層的な人間ドラマである。

プロットとしては幸福ではあるが厳粛な家長ギデオンの黒人家庭に、突然昔の友人ハリーという老黒人男性が現れるところから始まる。

ハリーは典型的な招かれざる客、悪魔が来たりて笛を吹く的な造形で、そこから幸福であるがその堅牢な家庭に静かに浸水し、結果漏れ出す水漏れのように静かな災い、変化をもたらしていく。

家族からどこか舐められている(ベイブブラザー(赤ちゃん))と感じている弟のサムと因習的な価値観を信奉する義実家に馴染みきれない妻のリンダ夫婦、そして父の価値観を受け継ぎ、地域に根を張り生きている兄夫婦。

それらの人間模様が淡々と描かれ、そこにハリーという異物が現れることで徐々に軋み、ヒビが入り、広がっていく亀裂のようなものを、カメラは怜悧に映し出していく。

自己肯定感の低いサムの心に徐々にハリーとその仲間達は入り込んでいく。

そして、それまで堅牢な一家の象徴だったギデオンは突然倒れることになり、ハリーはそれになり変わるように家族へと取り入っていこうとする。

最終的な結論で言ってしまえば、母は強し、女性的な価値観というもののたおやかさのようなものをかなり先駆的な段階で描いたような着地点、さらに不穏と少しの笑いを湛えつつ終えるラストは、キラーオブシープでも現れていた「諦めや不条理に満ち満ちた社会における、ほんの一瞬の希望」を見事に描き出していた。

奴隷として敷設させられた鉄道のレールを見るハリーとギデオン、下手くそなトランペットが鳴り響く平和な黒人居住区、ハリーが突然死んだのになかなか訪れることのない郡職員。執拗に鶏を追い立てるハリー。

さまざまな象徴や暗喩に満ちた映像達の数々ではあるのだが、それを過剰にクローズアップするというわけでなく、とにかく地道に描き出す様はやはり圧倒的。

こんな凄い監督がいたことにただただ驚かされる。

怒りを湛えながら眠っているのは天国であくせく暮らす黒人達なのか、それとも楽をしようと争いまみれの地獄でもがく黒人達なのか。
そーいちろー

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