垂直落下式サミング

君の名は。の垂直落下式サミングのレビュー・感想・評価

君の名は。(2016年製作の映画)
4.5
不思議な恋愛の物語を抽象化された美麗な風景画のようなアニメーションで描く新海誠監督作品。
現代の文化や価値観、時代性に見事にフィットした作品だった。言うに及ばぬ2016年の社会現象となった大ヒット作なので特にあらすじとかは書かない。かわりに、私が特に好きなワンシーンを紹介したい。
就活中の瀧くんが立ち寄ったカフェで、大人になったさやちんとテッシーをみつける場面。さやちんと思われるショートボブの女性は「テッシーったら髭くらい剃ってよね。私も式までには3キロ痩せるからさ」と言いながらケーキを頬張り、テッシーと呼ばれた無精髭の男性は「何だようっとおしいな」と言いたげな苦笑いを浮かべる。
このシーンすごく良いんですよ。この会話が他のどの場面より好きで、あの災害の後、彼等がどんな時間を過ごしてきて、どんな関係で、どこまでの間柄なのか、このやりとりがすべてを包括しているように感じる。
台詞でけっこうあっけらかんと「式」とか言ってるから、結婚するくらいの親しい間柄の男女なんだなと彼等の関係性はわかるわけですけど、そんな表層的なものじゃなく、このやりとりからもっと二人の内面的なものが見えてくる気がする。
全く関係ない二つの事柄を提示して「私○○するから、あんた△△してよ」って口約束を迫るのってまさに女特有の物言いだし、冗談混じりにお菓子を食べながら言うことで、「こんなにかわいい私なんだから3キロ痩せる件は踏み倒したって構わないよね」っていう“試し”を与えてくるじゃないですか。
自分で体型や体重のことを言うのはかまわないけど、相手の口からウェイトやフォルムを連想させるワードが出ようものならぶん膨れて口を聞かなくなるし、こっちの剃り残しは目ざとく見つけて鬼の首とったみたいにうるさいし、それから「デリカシーなさ過ぎ」とか「だらしないなぁ」とか言って、ダメなお前を私が許容してやってる感を醸し出して上に立とうとしてくるんですよ、この女は。
男の方はハイハイと相づちを打つのみで、彼は自分の口が異性のご機嫌をとるようになんて出来てないことを知っているから何も言わない。沈黙は金。そもそもコイツはオシャレなカフェなんか嫌いそうだ。外食時の彼女の「デザート食べたい」に何度となくイライラさせられたのだと思う。
これは「残り食べていいよ。この後アイス来るから」までがワンセンテンスで、痩せたい奴がどうして自分の胃袋のキャパシティを越えて食い物を頼むのか意味がわからないのだけど、指摘すると「は?死なす。」みたいな怖い顔をされる。彼は目の前にいるのが、そういう生き物だと知っている。知っているから諦めたのだ。
でも、それでいて仲は良さそうで、二人ともそのやり取りに微塵も疑いを持っていない感じ。この関係。この距離感。すっごくぞわぞわする。
上手く表現できないけど、5秒に満たないこの場面に描かれている何の変哲もないカップル同士の会話のなかに、二人だけにしかわからない二人の積み上げてきた時間とか信頼というものが垣間見えて、他者が入り込めない言語化不能な繋がりが育まれているようで、そんなありきたりな二人の世界に言い知れぬ愛おしさを感じずにいられないのです。
ココだけピンポイントで抜き出して褒めると他がダメだって皮肉ってるみたいだけど、そんなことない良い映画だと思うんですけど…。ただテッシーとさやちんのシーンがほんっとに好き。たった数秒に、ここまで執着した長文を書いている自分に若干引いてる。これは性癖でしょうか?そう言ってもらえた方が楽な気はする。