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VORTEX ヴォルテックスのLudovicoMedのレビュー・感想・評価

VORTEX ヴォルテックス(2021年製作の映画)
4.2
《画面が2つに割れた瞬間、親密な夫婦の心を徐々に離してく最悪のスプリットスクリーン》

『CLIMAX』以降コンスタントに作品を制作するようになってきたギャスパーノエ。タイトルと噂は何年か前から知っていたが、え?ダリオアルジェント監督が主演とかいう何かの勘違いが本作の正体でした。また『CLIMAX』『ルクスエテルナ』続いてどうやらギャスパーノエは映画館から嫌われてるらしくスクリーン鑑賞が叶わなかったのですが、今回ばかりはついに映画館でギャスパーノエの地獄へ行ってきました。正直しんどい映画体験だった。

ギャスパーノエといえば映画で観客の精神をレイプしてきた過激派監督の一方、奇を衒った視覚的手法が毎回話題になる事でも知られている。
今回もお馴染みのエンドロールで映画がスタートするとドローン撮影で家に向かっていき老夫婦が向かい合った窓を開く切り返しで夫婦のツーショットを収める。アバンタイトルが終わると小林克也が紹介してそうな謎のミュージックビデオが挿入された所で何じゃこりゃとなる。

仲睦まじい夫婦の日常はある日突然、亀裂が生じる。寝ている二人の画面中央、上から黒い線にゆっくり遮られていき、スプリットスクリーンになる。得体の知れない何かに繋がりが壊される瞬間を捉え画面が分け隔てられる取り返しのつかなさが圧倒的不吉さを紡ぐ。これほど残酷な画面分割があったろうか、本人らの無自覚のうちに病いによる毒されで線引きされカウントダウンが始まるのだ。

まさに今作のトピックは全編二分割画面の物珍しさで認知症の病いについて考察される。

左右に閉じ込められた夫婦はいつも通り生活を送りお馴染みの瞬きのようなカットを挟みつつガスをつけっぱなしの妻の後始末をアルジェントが後追いで消す二度手間を長回しによる体感で眺める。すると二分割された事で目を離した隙に起こるやらかしと取り返しのつかない危機がのしかかる反応を同時中継され観客は心を痛めるしかない。基本的に危機の発生は左右どちらか一方なので、この技巧に懸念するであろう『CLIMAX』型同時多発大カオスにはならないが、その間もう片方の必要性がなくなるくらい寝てたり、座ってたりの長回しが、如何に取り返しのつかない瞬間になってるか、という絶望がある。

スーパーで迷子になった妻を夫が後追いで発見した時、妻は事態の深刻さを理解せずフリーズしてしまう様子に代表される様々な苛立ちがダイレクトに伝わってしまうのだ。帰ってからその注意を釘刺すも「怖がらせないで」と中々真剣に聞いてくれない状況から、認知症者を絶対的被害者として判別するでなくその有害性まで浮き彫るのが本作のエグい点だ。ちゃんと有害性まで伝わるからこその、なんの罪もない認知症という被害について問題と向き合っている。

また、同じ家で過ごしてるが中々二人が一緒にいる場面が少なく二分割だとなおさらそれが明白に伝わる。通常登場人物が同一画面に収まるツーショットを親密表現とするならば、この技巧だと徹底的に心が切り離されている印象になっていく。ところが、中盤テーブルを囲い夫が妻に寄り添う所で、左右が対面し擬似的な一つの画面が完成する。こんな技巧だからこそ見れない不思議な画面かつひと時の親密効果があり、視覚的窮屈さからの解放感からも感動する。ただ交わされている会話は辛辣なもので、今度は息子と父にスポットがいく分割画面の対面では、左のカメラと右のカメラのそれぞれ端に母が座っている構図で同一画面を造り、すなわち母が中央に二人いる奇天烈な技巧ショットを産み出す。

ドラッグディーラーとして生きる息子も悲惨な私生活が写され、薬を仕分けする母などと左右で動きがシンクロする瞬間なども多々あり、救いのなさが強調される。

最終的には二人の思い出がドンドン処分されやがて無になるやるせなさまで見せつけ冒頭同様ドローンで昇天する。そして、この映画は誰にでも起こりうる将来への普遍性が最も怖い点であった。

どうでもいい注目どころとしてはアルジェントが映画評論家という設定で、「映画は心地よい時間につかり夢のような感覚だ」と定義付けその快感はセックスにも等しいとか閃く映画論が完全にノエの自己分析になっててやたら興味深い。やっぱアルジェント先輩の口から言ってもらうことに寓意があったのかな。途中、アルジェントが映画を見るシーンはそっちばっか注目しちゃうし、壁には『メトロポリス』『女は女である』やらポスター見っけ、と気が散って遊んでしまった。

ただ、強烈に心抉られる即興芝居的な妙も見ものであり、異例のスプリットスクリーンと合わせてギャスパーノエが使うと、うわこんなに多彩な効果があるんだとコロンブスの卵映画としても非常に貴重な傑作であった。
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