えくそしす島

VORTEX ヴォルテックスのえくそしす島のレビュー・感想・評価

VORTEX ヴォルテックス(2021年製作の映画)
3.7
【渦流】

“心臓が壊れる前に
脳が壊れる全ての人へ“

これは冒頭に出る言葉。
作品の意図的には必要な事なのかも知れないが、身体の事を“壊れる“という表現はあまり好きじゃない。だって悲しくなってしまうから。

監督・脚本:ギャスパー・ノエ

“映画評論家で心臓病を患う夫"
"元精神科医で認知症を患う妻"

「日常のルーティン」
画面を縦に二分割した構成(スプリットスクリーン)を使い、それぞれの画面で夫と妻を同じ時間軸かつ同時進行で映しだす。あらすじなんて要らない。

148分は長めだなーと最初は思っていたが、なるほど、必要な時間なのかも。
過度なカットでパッパと場面と時間を転換、そんなスピーディーな日常なんて問題を抱えた老夫婦には存在しない。ゆっくり。じっくり。

そして、ジャケ写からも分かる通り二人の終焉までの日々を描いた作品でもある。

「頭と体」
脳が壊れているのに体は丈夫だったとしたら、その日々をどう過ごすのだろう。

体が壊れているのに脳が明晰だったとしたら、その日々をどう過ごすのだろう。

“心はどっちにあるんだろう"

いつものギャスパーノエらしい映像手法や構成。しかし、物語は至って普通に描かれている、というと語弊があるかも知れないが。

当然、様々な感情が網目のように絡み合っている。長年連れ添えば連れ添うほどその網目は複雑にもなる。だって人生だもん。

でも、私の印象はやっぱり“普通の話"。
「老夫婦の終焉への日々」というのは“そのまんま“描くだけでもキツいんですよ。二人の壊れた日常を隅々まで見せ、その端々から窺い知れる過去までも体感させられるんだから。

ああ、夫は昔から自分主体の人だったのかなあ、とか。ああ、妻は昔から口に出せずに我慢していた事が沢山あったのかなあ、とか。でもその中にも愛が見えたり、見えなかったり。

うん、その後の終焉までを含めてやっぱり普通の話。それが人生だもん。

この先はネタバレを含むので未視聴の方はご遠慮下さいませー。

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作中で、症状が落ち着いている妻が“家族がいる場"で繰り返し漏れた言葉がある。

「ごめんなさい」

短いこの言葉の意味は多様。
さっさと済まそう。言ったところで。自分が
我慢すれば。自分が悪い。彼女は幾度も夫にたいして繰り返してきた言葉のようにも思えた。

この時は、わからないなりに家族に迷惑をかけているのは「自分のせいだ」との思いから絞り出た言葉なのかな。そしてあの表情。悲しいなあ、と思うと同時に、家族で今後の方向性を話し合えるなんて羨ましいとも。そう言うと観た人達には怒られるかも知れないけれど。

私の祖母も自ら命を絶っている。
被害妄想が極端に強く、認知症だったら「病気のせい」にできたのに、と本音では思っている。

影だけが薄っすら見える程度の磨りガラスからは、ゆらゆら何かが揺れていた。“日常のルーティン“で必ず朝イチに台所に立つ義理の娘に見せ付けるように。当てつけるように。

「お前のせいだ」

そう言わんばかりだ。
「自分のせい」も「お前のせい」も亡くなってみればタイトル通りに渦巻きながら消え去るけれど、人や物が消えても中々去ってくれないものもある。

「本当の世界ってものは、幸福でもなければ、不幸福でもなければ、不健康でもなければ、また健康でもないの。そのまんまなの。」
              ー中村天風