てつこてつ

TAR/ターのてつこてつのレビュー・感想・評価

TAR/ター(2022年製作の映画)
4.0
その卓越した演技力で作品を最後まで引っ張っていける、更には作品のレベルを一段も二段も上げることが出来てしまう役者さんって、実は思った以上に少ないものだが、ケイト・ブランシェットはそれが出来る希有な存在。「ブルージャスミン」も作品の内容自体はそこまで特別な物では無かったが、とにかく彼女の演技には圧倒され、オスカー主演女優賞受賞も大納得の素晴らしさだった。

本作もクラシック音楽の世界を舞台にした異色の心理サスペンスだが、ケイト・ブランシェットのキャラクターが憑依したかのような名演技を見るだけでも十分に価値がある。

栄誉あるベルリン・フィル・オーケストラの首席指揮官にして、米国の音楽部門の最高峰ジュリアード音楽院で教鞭も執るという超エリートの主人公を、視線、声のトーン、細かい身のこなし方など全ての面で見事に体現している。冒頭のテレビのインタビューシーンなど長台詞も多い作品だが、台詞回しも実に上手い。

超エリートならではの確固たる自信と傲慢さも併せ持つ主人公が、中盤以降、不安や焦燥感を募らせていく過程での演じ分けも素晴らしい。

舞台となるベルリンの旧東ドイツ時代の面影が残るどこか無機質で寒々しさがある建造物の風景も、次第に不穏さが募っていく物語の展開には合っている。

個人的に凄く引っかかったのは字幕翻訳。自分も昨年、映像翻訳の学校に通った体験から、本作の日本語での表現は物凄く難しいものがある。主人公がオープンゲイで同性婚で子供もいるという設定ゆえ、そのキャラを活かすためにか、あえての男言葉での翻訳が所々不自然。「そうだろ?」くらいはまあ分かるが、「遅いぞ!」とかはちと違う。また、子供に自分がパパでパートナーがママと呼ばせている設定ゆえ、パートナーとの会話の日本語表現が全部男言葉になっているのも何だかとても気になってしまった。全て男言葉かと思いきや、唐突の「そうなの?」は、厳然たる女言葉ではないが、妙に引っかかる。当然、英語では原則男言葉女言葉は存在しないので(物に対する形容詞でlovelyやcuteを使うと女性言葉として成立するとは日英翻訳のクラスで習ったが)、この主人公のマスキュリンなキャラクターを日本語で伝えるために翻訳を手掛けた方は相当苦労しただろうな。
「ノンケ」という表現もどうなんだろう?

どうしてもかつてLaLaTVで放送されていて、たまに見ていたエレン・デジェネレスのトーク番組の字幕翻訳が彷彿されてしまい、ちょっとステレオタイプ過ぎる感が、自分だけかもしれないが気にはなった。

吹き替え版ではどのように表現されているのかも気になるなあ。
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