りっく

正欲のりっくのレビュー・感想・評価

正欲(2023年製作の映画)
4.5
「市子」「月」もそうだが、本作も含めて最近の日本映画の大きなテーマとなっているのが「他者への想像力」だろう。相手を思いやり、尊重し、理解しようとするずっと手前の、相手の気持ちを考えることすら放棄し、自分本位で自分を安心させるための正しさやルールに沿って相手をジャッジし、排除する。その中でマイノリティである他者の人生や物語を追体験させることは、映画の大きな役目でもある。

本作の中心に据えられているのは、フェティシズム、特に水に性的興奮を感じてしまう人々の物語だ。まるで地球に留学しているような疎外感と、明日起きたら違う人間になっていてほしいという罪悪感で普通を装って生きていく息苦しさ。それは何も特別な趣向を持った人に限ったことではなく、かといって自分より可哀相な人がいるから自分はまだマシだというような類のものでは決してない。

学生時代のクラスメイトの結婚式で否応なくビデオレターを上映するように、世間の当たり前というレールを流れることを強いられる。そんな中で回転寿司を食べる新垣結衣は、流れてくる寿司は取らずに、直接注文した寿司を受け取る。この演出ひとつで、彼女の社会に対するスタンスが何の説明もなく見て取れる。石川慶のもはや巨匠の風格さえ漂う緻密に計算された画面と人間の配置のスリリングさに終始圧倒される。

本作が信用できるのは、昨今の「多用性」という問題意識を持っている風でいて消費尽くされた流行り言葉をまず一旦解体するところだ。本作の登場人物たちもこの表層的な便利語でひとまとめにされそうなところを、表現する者たちの気持ちは度外視し、ジェンダー的な歴史や文脈に当てはめてメッセージを発信してる気になる自己満足にすぎないと断罪してみせる。

そのうえで、「普通」と「異常」を対峙させ、価値観をぶつけ合うことで、絶対的だと信じているものを揺るがせ、それがいかに脆弱であるかを暴いてみせる。特に新垣結衣と稲垣吾郎が二度顔を合わせるタイミングは作劇的にも完璧で、人間が一対一で対峙するスリリングさと、ラストカットの切れ味の良さに痺れる。社会派でありながらも、それをきちんと映画的に描き切る石川慶の底知れぬ才能に毎度敬服させられる。
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