りっく

怪物のりっくのレビュー・感想・評価

怪物(2023年製作の映画)
4.0
とにかく物語構成と脚本の映画だ。同じ事象でもそれを見る人間によって別の景色が出現する様を、時系列を絶妙に行き来しながらも全く混乱させることのないストーリーテリングは驚異だ。

幾多の異なる角度から物語を語り直すことでミステリー映画を観ているようなスリリングな面白さを担保しつつ、観客の意識の流れに寄り添ったひとつの大河の水流に飲み込まれていく感覚に陥る。それが加害者あるいは被害者という二項対立で線引きしがちな自分を戒め、常に当事者を持って物語に没入していく仕掛けになっている。

また是枝作品が描く単位である家族から物語が始まり、自らの思い込みや限られた極端な情報や印象により、「こうあるべきだ」というその人に刷り込まれた価値観を無意識に振りかざすことで一方的な物語を紡ぐ様は、まさにSNS時代の現代社会そのものを映し出している。

そんな同時代性や社会性といったテーマに拡張しつつも、性も含めて少年が自分が何者であるかを自認し、自分たちらしくいられる世界を渇望し、人気のない森の中へと足を踏み入れていく様は桃源郷のようであり、彼らだけにとどまらない普遍性を獲得している。

安藤サクラと瑛太が指摘する鏡文字、あるいは安藤サクラが学校で我が子を探す場面の背景で聞こえるうめき声のような吹奏楽器の音など、細やかな演出も見事。また火事の場面から始まり、劇中で何度も水が印象的に映し出されるものの、水が火を消そうとも、その焼け野原の後には理想の世界など存在し得ないのか、そこに希望を見いだせるのか観客に委ねられるようなラストもまた深い余韻を残す。
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