えくそしす島

怪物のえくそしす島のレビュー・感想・評価

怪物(2023年製作の映画)
4.0
【心の視差】

物事、というのは
“その人“その立場“その角度“で見え方や見えるモノが違うもの。自分が思う現状や現況は他人が見ても同じとは限らない。

そんな「複数の視点」を通して、密接に、そして物事を多面的に描いた人間ドラマが今作。

複数の視点から真相に迫る、という物語の手法(多元焦点化)。よくある構成ではあるものの大半の作品はオチ重視。果たして今作は?

監督:是枝 裕和
脚本:坂元 裕二
音楽:坂本龍一

あらすじ
シングルマザーの早織は息子の湊と2人で暮らしている。ある日、息子の様子がおかしいと気付いて話を聞くと、担任から暴言や暴力を受けている、と口を開く。

“立場が違う人物たち"
夫を早くに亡くしたシングルマザー(A)。その息子(B)。その友達(C)。学校の校長(D)。息子の担任(E)。それぞれの視点からある出来事が浮上する。

「イジメ疑惑」

A視点+B視点+C視点+D視点+E視点
=「怪物とは」

生きていれば嫌というほど体感する人との「すれ違い」「食い違い」「思い違い」

そのキッカケが「嘘や噂」「先入観」「固定観念」という“実態のないモノ"だったりする。現実と混ざり一人歩きする恐ろしさというのは日常生活にも溢れているし、実はそこに真実や正誤は関係がない。

むかーし、こんな事件があった。
「豊川信用金庫事件」

信用不安から、預金などを引き出そうとする人々が殺到(取り付け騒ぎ)して破綻寸前までいった事件。コレ、発端は「あの信用金庫は危ないよ」という、女子高生の冗談から広まった。

人って、当事者よりも“第三者の情報"を信用する(ウィンザー効果)傾向がある。違う人から同じ噂を聞く(二度聞き効果)とかね。

でも、この作品はそんなオチありきの単純で分かりやすい物語ではなくて、より深いところに着地している。頭から抜け落ちていた事をガツーンと突きつけてもくる。

大人、ひいては社会は水みたいなもの。作為・無作為は関係なしに「大人たちの考え」が上流から流れ落ちてくる。流れに対応できる前の子どもたちは身動きも出来ずに底で浴び続ける。

手を差し伸べられるのも、また、大人だけだというのに。

「イジメ」
と、聞くと昔を思い出す。

高校生の時、同じクラスに「川◯君」という男がいた。「トロール・ハンター」のレビューでも触れてはいるけれど、数々の逸話を持つ人物でもある。

何か事情があるのだろう。
彼は電車だけで「2時間近く」かけて登校していた。駅からも距離があり、それはもう大変だったと思う。そんな彼が屈託のない笑顔でこう言った。

「今日は地元の友達らと遊ぶんだ!」

それを聞いていた私たちは「へー」「良かったねー」「それじゃ急いで帰らないとな」と、各々が答えていた。それと同時に、周囲で広まっていた「疑惑」は間違いだったんだと嬉しくも思った。

翌朝。
いつものように教室に入ってきた彼は、頭に大怪我を負っていた。
すれ違う人はフルスイングばりに二度見をする。もう、確定的に明らかだったので直ぐに問いただした。

「誰にやられた?」

彼は暫しキョトンとし、何事も無かったように笑顔で答えた。

「友達にー!」

それは友達じゃないよ川道君。と、何度も説得したが彼は頑として聞き入れなかった。我慢している風でも、脅されている風でもなく。彼にしか分からない事があったんだろうと、今作を観て改めて、そう思ってしまった。

彼が見えているもの。
私が見えているもの。