胃潰瘍のサンタ

沈黙の艦隊の胃潰瘍のサンタのレビュー・感想・評価

沈黙の艦隊(2023年製作の映画)
3.9
大体予想通りの出来栄え。惜しいけど満足。

何を置いても、大沢たかお演じる海江田四郎が完璧だ。彼が画面に映るたびに、「こいつは何を考えてるんだろう」と期待が走る。海江田という人物の思惑に興味が集まるように自然と誘導されてしまう時点で、あの原作に勝負をする土台には乗っているだろう。

映像面もさすがに力が入っている。潜水艦周りのシーンは、CGにムラはあれど、印象的だった原作の構図をテンポ良く繋いでいるし、「やまなみ」圧壊音には先の展開を知っていても心がざわつくよう演出されている。
海江田と深町の関係も感情移入できるように上手く改変していて、なるほど1本の映画としては最適解。深町=玉木宏と知った時にはそんなバカなと思ったが、この改変なら納得だ。

問題はやはり、政治周りの描写。全体的に苦笑いしてしまった。
若き官房長官・海原を演じる江口洋介の若作りは普通に似合ってないし、防衛大臣役の夏川結衣は説明台詞ばかりで全く良さが活きていない。橋爪功のいかにも昭和的な「影のドン」に至っては、「庁」だった頃の面影がなくなった今では時代遅れも甚だしく、いっそキャラごと切った方が良かったんじゃないかと思わせる(どうせ原作でも早々に追い出されるし)。
海原に「海江田の気持ちを~」と言わせる台詞の拙さも、正直失笑もの。30年経って日本が置かれている状況を再整理するのも含めて、ここら辺は続編で改善してほしい。
何より大きな懸念は、核兵器を巡る緊張感も後退している点。冷戦末期の原作から30年も経った今、核兵器の抑止力が「絶対」でないことを、我々は何となく知っている。だからなのか、「シーバット」が作り出す擬似的な大国間抑止は、その緊張を肌で伝えるほどではなく、あくまで「理屈」の中に留まっている。

それでもその「理屈」が古びていないのは、原作の力だろう。核兵器を持った原子力潜水艦が独立国として太平洋の海をうろつくなんて、今でも中国や北朝鮮の問題が吹っ飛ぶレベルのはずだ。この映画がそれに追いつけるか否か。

原作では徐々に主人公と化していったベネット大統領についても、「プロジェクト・リヴァイアサン」という海外ドラマ的なクリフハンガーで引っ張っていて、一応逃げずにやる気はあるらしいというのが伝わった。
原作で一番面白いのが中盤、日本が選択を迫られる選挙の場面とベネット大統領の葛藤で、今回は顔見せにとどまった上戸彩も続編では「あの質問」をする記者として活躍するように計画されているはず。
本作の真価は、そうした場面を描くであろう続編で明らかになるはずだ。個人的には、すっぽ抜けで終わった原作のオチを現代向けにどう脚色するのか、かなり観てみたい。

少なくとも、そういう期待を煽るのには最適な「1作目」だった。
個人的には、池頼広の全力をスクリーンの音響で聴けただけでもかなり満足だが、もっともっとポテンシャルがあるはず。
願わくばヒットして、映画でもドラマでも良いから続編を作ってほしい。