ももいろりんご

ビヨンド・ユートピア 脱北のももいろりんごのレビュー・感想・評価

4.2
金正恩はどんな人かと問われて、世界で1番立派な人とまだ幼い女の子が答えた。確かに彼女の知っている世界では1番立派な人なのかもしれない。
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北朝鮮脱北者の過酷な旅が記録されたドキュメンタリー。2人の幼い子どもと80代の祖母を含む5人の家族は、危険な国境を越えた後、中国、ベトナム、ラオス、タイを経由し韓国を目指す。もう一つは、北朝鮮に残して来た息子との再会を切望する母親の話。彼らを支援する韓国のキム牧師をはじめとする支援者たちの活動を紹介する。
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人権侵害なんて言葉が空々しく聞こえた。
だって彼らは自分の国がユートピアだと信じ疑っていない。あともう少しすれば幸せになれる、今苦しいのは自分たちの努力が足りないせい。
そこまで言われたら、知らない方が幸せなのかもしれない。
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あの国に生まれてしまったら。
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外の世界がどんな生活をしているのか、自国がどう思われているのかなんて知らない。アメリカ人は人殺しの国だと教えられる。教科書に書かれる「鬼はアメリカや日本」でその悪を懲らしめる「正義は金正恩、金正日」なのだ。
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北朝鮮のプロパガンダに聖書の奇跡のお話が模倣されているのも初めて知った。金一族が奇跡を起こす特別な存在であると国民に刷り込む。「信じるものは救われる」洗脳の常套手段。だから北朝鮮ではキリスト教を許さない。聖書を持っているだけでスパイ扱いになると言う。確かに神は2人いらない。
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その虚構を嘘だと示すものはあの国には一切ない。全て情報統制され、徹底的に隠される。金一族に反するものは捕捉され、監視される。一度疑われたらもう元の生活に戻れない。家族に脱北者がいる、脱北に失敗したら…想像に難くない。映画の中では、体験者のリアルな言葉で説明されていた。ドラマじゃない…ドキュメンタリーであることに恐怖する。
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個の価値や存在までも消される。全てを支配されるってこういうことなのかと。5歳の子たちが一糸乱れぬ踊り、演技をする。不思議に思っていたことが不思議ではなくなった。あの恐ろしい拘束力、刷り込み、教育が、生まれた時からあって、そうしないと生きていけない仕組みの元、生きているのだから。
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脱北者であるキム牧師の奥さんが、キム牧師の丸いお腹をみて金正日みたいでカッコイイと好きになったという。
80過ぎたおばあちゃんはインタビューで本当の気持ちを言っていいと言われて戸惑う。
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イデオロギー、宗教、教育、そして自由とは。
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この作品を観てから、水道で水を出すたびに本作のことを思い出す。北朝鮮の人は使った水も捨てずに使い回す。何も捨てないんだそう。
そんな国でも故郷であり、自分から捨てたいわけじゃないことを知った。命の危険に追い詰められて脱北を選ぶ。そして命からがらたどり着いたその先で、初めて自由と理不尽という言葉を知るんだ。残酷な事実だった。
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最後に本作品を作り上げた監督、作り手の執念に感謝したい。