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ミッシングのRenのレビュー・感想・評価

ミッシング(2024年製作の映画)
4.5
𠮷田恵輔監督、どこまで伸びるんだ....?現時点での総決算かつ最高傑作の更新をオリジナル脚本でやり続けている監督、邦画界でも稀有すぎて今後も推すしかない。今作も例に漏れず素晴らしかった。

『空白』も大概だったが、今作はおそらく𠮷田恵輔作品史上最重の社会派エンタメに仕上がっている。初期作のような、しょうもない小競り合いの超ミニマムコメディのセンスは随所に残しながらも、どんどん実社会と接続したバキバキのエンタメを作るようになってきた彼にはもう何の隙も無い。

他人は他人である、という一貫した価値観が成熟しかつ最も前面に出た作品である。他人は自分の全てを理解できない。その逆もまた然りで、その隔たりは当事者と非当事者の間だけでなく、当事者間でも非当事者間でも存在する。前半、藁をも縋る思いで捜索する沙織里(石原さとみ)とせめて冷静でいようとする豊(青木崇高)の夫婦が顕著だ。報道の砂田(中村倫也)とカメラマン(細川岳)もそう。
だから、理解できないこと、人と人が食い違うこと自体を正義と悪で塗り分けるような単純な断罪はしない。あらゆる人や組織で構成される社会では、同じ事件に触れていてもその見方や熱量には確実に水位差があって、ただその事実をフェアに切り取ることに注力している。

残酷なのは、この映画がいくら偏向報道にならないような編集を施していても、失踪事件という事実そのものが面白ければ民間人はいくらでもゴシッピーに下衆になれることだ。フラットに伝えること自体がインターネットによって無効化されているのではないか?と、伝える側が伝える側自身を疑う姿勢を忘れない。とにかくアンテナの張り方が多岐に渡る。素晴らしい。

ハッピーエンドかどうかはさておき、過去作『空白』も『神は見返りを求める』も、『ヒメアノ〜ル』ですら最後には一縷の光を残す。それは今作も同じ。
他人と自分が別物として存在する社会では、心のほんの一部でも他者と氷解して水位が合致することがそれだけで救いになるのではないか?という話。約2時間かけて語ってきたテーマに対する希望としてとても正しいと思った。

内容もさることながら、技巧的な部分で見ても隙が無い。具体的には、

①キャストの魅力
今作はなんと言っても石原さとみ。唇はカサカサ、ボディソープで髪を洗って傷ませる気合いの役作りで、咆哮も涙も涎も鼻水も(それ以上の体液も)何でもありのボロボロ演技を堪能できる。文句無しのキャリアベストアクトだろう。目元を赤くして涙ぐむ青木崇高、不安定に生きる森優作も素晴らしい。中村倫也はいい意味での十八番演技。
𠮷田監督はこのレベルの知名度の監督としては珍しく、あまり特定の俳優と組まない。だから毎作品新鮮さを味わえる。そして出た俳優のことは軒並み好きになる。

②編集の巧さ
ここまではきちんと描く、これ以上は無駄だから省く、という取捨選択を各シーンでかなり潔くバサバサ行っている。だからこそテーマは重くても作品としてのテンポがよく、ラストまで訴求力を失わない。群像劇ととても相性のいい監督だと思う。過去作だけど、『空白』を107分に収められるのは才能。

③底意地の悪いユーモアセンス
『なま夏』『さんかく』等の初期作に顕著で、前作『神は見返りを求める』は『BLUE/ブルー』『空白』の反動か知らないがその意地悪ユーモア全振りに回帰した印象がある。基本的に𠮷田監督のユーモアとは、「(事の大小問わず)軽薄な奴が軽薄な言動で他人を掻き乱す」ことだ。今作にも象徴的なシーンが中盤にある。

𠮷田恵輔作品は全部面白いことが今作でまたしても証明されてしまった。オリジナル脚本がこれだけ書けてハズさずかつ多作なクリエイターをちゃんと守る邦画界であってくれ。

その他、
○ ここ4作続けてオリジナル脚本で撮ってるけど、全てに大好きな俳優が助演として出ていて嬉しい。『BLUE/ブルー』の東出昌大、『空白』の藤原季節、『神は見返りを求める』の若葉竜也、今作の中村倫也。
○ 虎舞竜の使い方もセンスだよね...。
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