おちゃか

キリエのうたのおちゃかのレビュー・感想・評価

キリエのうた(2023年製作の映画)
4.5
岩井俊二監督!
予想を越えたストーリーに私はかなりのカタストロフを感じました。
祈りを強く感じる傑作です。

凄かった。少なくとも岩井俊二フリークの私は充分に満足できる内容だった。
3h、長いという意見が多いですが、私は足りない。ひとりひとりの物語をもっと描きたかった監督の苦悩すら感じる。
予告を観て、トレーラーもチェックして、なんならエキストラで参加して、「あぁ岩井監督、次はこういうの撮るんだなぁ」と思っていた、のをぶっちぎってきた。

いや、ある意味では予想通り、ストーリーは読めてた。流れも予想できていた。予想は大きく外れてなかった。んだけども...

これは、映画館で観て欲しい。
いままでの岩井俊二監督の過去作オマージュが死ぬほど入ってて、世界観が他の作品にまで意識が広がる感覚がありました。
長いといっているひとは、おそらく岩井俊二監督作品を単独で評価している感じですね。3hですし、単独でちょっと異質な歌い手の歌を聴き続けるのは、しんどいのかもしれません。
東北出身の監督が、13年を経て震災への思いを形にした今作。思い出して辛くなるひともいるかもしれないが、向き合うことで、向き合い方を変えることで未来に繋げる生き方を、選べる強さを持つ時期が来たんだと改めて思う。

せっかくの熱が冷めないうちに、以下ネタバレありで。


※批判的な意見が出ていますが、おそらくはアイナジエンドの、やや厨二かかった雰囲気と、それの路上ライブ、というのが今のトレンドに合ってない、というのは、あります。「滅びの美学」をカタストロフィーと言いましたが、それに向かうやや強めの圧力があって、それに合わないひとはどこかでつまづいてしまうこともあると思いますが、私はなかった。というより、岩井俊二監督作品過去作からの歴史を観ているように感じられたからです。あちこちにセルフオマージュが入っていて、世界につながりと、監督の一貫性をずっと感じていました。

時間軸を4つに分けて展開するのはラストレターなどに使われた岩井メソッド。それぞれの世界の終わりにドラマを混ぜて後半一気にまとめていく。
海へ向かうのはピクニックだし、アイナジエンドは昔のCharaそっくり、違いは、Charaは初めから完成していたこと、アイナジエンドは、まだ未完なこと。Salyuといい、あのタイプのコンテンポラリーな音と声を岩井監督はとにかく好きみたいだ。

ただ、あの頃と違って世界に迷いがある少女の叫びは、いまは否定的に見られやすい。路上LIVEでそれをやってるひとは、えてして受け入れられてないしね。ライブという点ではリリィシュシュの全ての観客の熱狂みたいなのを感じたし、ラストの広瀬すずのシーンは、あぁなるしかなかった行き場のない崩壊もリリィみたいだ。アイナジエンドの一人二役はラブレターとラストレターはのオマージュ。ひとは、ひとりではない。繋がり続けていく。ということを監督はこの手法で表現する。
広瀬すずの白い衣装は、リップヴァンリンクルの花嫁のCoccoだったし、ここまでくると、過去作の総集編なんじゃないか、というのは個人の感想。雪の北海道はラブレター。夜の神社は、打ち上げ花火。



圧巻はやはり、広瀬すず。
無茶苦茶上手い。
ここ数年でさらにレベルが上がって、明らかに周囲に影響与えるまでになってる。もう50超えた熟練の味すらある。まさに映画の世界感を支配している。あと、結婚詐欺師、という役柄で、監督がいろんな色のカツラを広瀬すずに着けたかったというのがチラホラ見える。どんな役柄でもこなせるから安心なのだろう。そしてこの物語は広瀬すずとアイナジエンドでなければここまで昇華されてない。

松村北斗くんも、いい役者になる。自分の役柄を必死に考えた結果なんだろうというのが画面越しにそのリアリティが伝わってくる。設定に少し違和感のあるところがあったものの、見事に乗り越えるだけの懺悔シーンで、周りのひとはみんな泣いていた。

黒木華の関西弁、流暢すぎる。子供とのコミュニケーションが自然すぎて、ものの1分で母性愛すら感じた。岩井俊二監督との相性の良さが、今作で結実した感すらある。るかとの食事は日本人の優しさを感じるシーン。

アイナジエンドは明らかに他のキャストに引っ張られながらも、自分の世界と世の中とを、なんとか埋めていこうとする愚直な痛みがまさに彼女のリアルとシンクロする。歌も心を揺さぶる迫力があった。ルカは新約福音書に出てくる聖人。キリエは神への祈りを意味する。クリスチャン家庭であった描写がところどころに出てくる。聖母は、名前はないが大塚愛。その家庭を一瞬で奪ったのもまた、神だった。神はいつも、沈黙で答える。
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