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落下の解剖学の一人旅のレビュー・感想・評価

落下の解剖学(2023年製作の映画)
5.0
第76回カンヌ国際映画祭パルムドール。
ジュスティーヌ・トリエ監督作。

カンヌ映画祭で最高賞に輝き、アカデミー賞でも作品賞・監督賞・主演女優賞・脚本賞・編集賞の5部門にノミネートされている法廷ミステリーの傑作で、夫の転落死を巡る妻の裁判のゆくえを描きます。

フレンチアルプスの山荘で大学教授であるフランス人夫と視覚障害のある11歳の一人息子と暮らしているドイツ人の女性作家:サンドラが、山荘の3階から不可解な転落死を遂げた夫の殺人容疑で起訴され、旧知の弁護士の協力のもと無罪を勝ち取るべく裁判に臨んでいく様子を描いた“法廷ミステリー”の傑作となっています。

序盤に夫の転落死が起こり、その後殺人容疑で起訴された妻の裁判の過程において、妻と夫の知られざる夫婦関係の実態を浮かび上がらせていく展開で、事件の唯一の証人であり、父親の死と母親の裁判という耐え難い現実に晒された一人息子の苦痛と葛藤の心の揺れにも焦点を当てていきながら、謎多き転落死事件を巡る評決のゆくえを淡々と映し出していきます。

本作は、夫の殺人容疑で起訴された外国人妻の裁判の顛末をマルチリンガルな環境の中に描いて、被告の有罪・無罪に関わらず、裁判において恣意的に抜粋されたセンセーショナルな事実の一部分が被告に対して不利に働き評決を左右しかねない状況に陥っていく不条理性を浮き彫りにしています。現代司法の不完全さ&曖昧さを、夫殺しで起訴された外国人妻の裁判の過程を通じて描いて、同じくフランス映画であるアンドレ・カイヤットの『裁きは終りぬ』(1950)といった名作すら連想させる普遍的な法廷ミステリーの傑作で、『ありがとう、トニ・エルドマン』(2016)や『希望の灯り』(2018)でも演技力が光ったドイツ人女優:ザンドラ・ヒュラーが無実を訴え続けるヒロインを真に迫った表情で熱演しています。
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