Neki

落下の解剖学のNekiのネタバレレビュー・内容・結末

落下の解剖学(2023年製作の映画)
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このレビューはネタバレを含みます

脚本としては謎が少しずつ明らかになっていくような思わせぶりが続き、映画としてはドキュメンタリー風の見せ方を続けることで緊迫感を生んでいて、物語から目が離せない150分ではあった。

しかし多くの方々が言うように、この映画はミステリーのようでミステリーではない。
裁判の結果はわかるけど、真相は曖昧なまま。どなたかと見に行って、あーだこーだ議論するのも楽しい。きっと結論がわかれるから。

夫は死んでいるので勿論答弁できないし
主観的にしか事実は解釈できないため
結局一人一人の中で別の現実が存在してしまうといった、現実の併存が描かれているのが主要な軸だと感じた。
でも、個人的にはこれがパルムドールでアカデミー脚本賞か…感はままあったけども。


そこに複数の要素が盛り込まれる。




まず、言語の問題。


フランス人とドイツ人が英語で話す家庭という、ヨーロッパでは多様に存在する言語issueが存分に盛り込まれることによって、表現の曖昧さは加速する。

夫と妻は母国語ではない言語で喧嘩をし
妻は母国語ではない言語で供述し弁論する
息子は現地の言語を話す。

地理的には当たり前だが 言語の問題はヨーロッパでは長年無視できない部分で、何があって何を思うのか正確に表現できずに話し手も聞き手ももどかしい。

で、事件の全容が曖昧になる


それに加えて
夫婦が共に作家であり、売れた妻、売れなかった夫、家庭内にパワーバランスが存在することもポイントの一つだと思う。

しかし妻は過去数人と不貞を働いており、最近も怪しかった。売れた本は元は夫のアイディアだった。そんな人間の無実を信じるか否か、観客は一瞬迷わざるを得ない。
la nature humaine, 夫にも妻にもそれぞれ公で語るには後ろめたい部分があり、人間らしい側面を描きだしてもいる。

で、さらに事実の真偽が観客の脳内でも映画内でも揺れ動き続ける。


それにフランスらしい部分がちょこちょこ。
やはりフランスにいる以上フランス語を話すよう強要する場面がフランスは結構多い。なぜドイツ語の通訳者は用意されてないの。

法廷ではフランスらしい皮肉の応酬も飛び交う。

TV番組では
真相はどうでも良く
より面白い結末がいい
なんて言い始める始末。



結局弁護士やそれぞれの証言者がそれぞれの現実解釈を終始述べる中で

目が見えず、唯一現実が"見えない"はずのダニエルが
最後は現実を"選んで"いく。

自殺他殺事故の真相は最後までわからないまま。


あ、確かに
目が見えないダニエルが現実を選んだと思うと、その構図は面白かったかもしれない。



事実に対して人の数だけ多数の解釈が存在し
永遠に反論が可能である以上
事実とは、現実とは結局
自分でこれだ!と決めて選ぶしかないものとなってしまった

ネット社会が進むほど
それってあなたの感想ですよね がいくらでも言えるようになるほど
この観点は響いてくるかもしれない


パパとママンでそれぞれ息子くんの中にはテーマ曲が設定されている。
それも匂わせ感があって面白かった。

監督のインタビューをいくつか見ているけど
やはり物語のセンターにいて、映画をインスパイアしてくれた登場人物は息子くんであるそう。あれだけはっきり両親を社会的に解剖されて、母親の不貞や父親の疾患を法廷で初めて知るなんて11歳はそうそういないものね。

監督さん本人もカンヌで賞を取るとは全く予想していなかったらしい。
個人的にはスヌープでありメッシであるあのワンちゃんに、最優秀賞をあげたい。

これがパルムドールでアカデミー賞か〜
どこの何への配慮なのかバランサー的なこととか勘ぐっちゃうくらいには、まだまだ感性が追いつかないなあ
Neki

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