B5版

亀も空を飛ぶのB5版のレビュー・感想・評価

亀も空を飛ぶ(2004年製作の映画)
4.8
地雷を掘り返すことを生業にして手足を失いながら生きる子供達。
言葉にすると眩暈のするほどの悲惨さが前提の舞台で展開する物語だが、とにかく作中の子供達は賑やかで異常なほど悲壮感がない。

特に主人公サテライトは若さの滲む声色のあどけない出立ちながら周りの大人と口撃を交わし村の子供のリーダー的となっており、生を謳歌していると錯覚するほどの生命力の申し子だ。
ある日、別の土地からやってきた兄妹達と出会ったサテライトはその兄は予言ができることに気付き…

予言、というスピリチュアルなファンタジーを要素内包した作品であり、前述の通りエネルギーに満ちた映画だが、他所から来た兄や妹子供達の境遇が明かされていくにつれ、
物語の背骨となる土地と出来事の凶悪さが重力のように鑑賞者にのし掛かる。

村を焼き討ちされて親を亡くし村にやってきた妹アグリン、そんな彼女に気があるサテライトがアプローチするシーン。
アグリンの過去の傷は子供の泣き声と共にじわじわ現実を蝕む。
比喩でも現実でも崖の淵に佇み耐えられるか否かの狭間で溺れもがく胡乱な目の少女の姿と、過酷な大地で少年の等身大で恋のメロディができるサテライト。
片方を眩しく思う一方、そんな境地がとうに過ぎたアグリンとの対比が物悲しい。

むしろサテライトの異常な明るさについては序盤から不思議である。
一種のハイなのかなとおもったが、ラストの妙に冴えないアメリカ軍を無言で見送ったり、池のほとりに何もできずまるまって夢から覚めたように号泣するシーンでやっと、あれは国という毒親に洗脳された子供の姿だったんだと思った。
序盤に見せた生活に根差して強く生きる眩しさが消し飛ぶ程、重苦しい終盤。
紛争がもたらす災厄が弱いところ目掛けて降りかかる悪辣さが、間接的に表現されていて息が詰まる思いがした。

いままで目隠しされてきたあらゆる情報は断片的で、大半見えないが故のある種の無関心、ぼやけた形のない欠片だからこそ託せた未来への期待。
それは例えば他所から来たミステリアスな女の子、まだ見ぬアメリカ軍や金魚の形をしていた。期待とは無垢な希望であった。

溶けていく金魚を片手に、現実の痛みが身体を襲うとき、少女がみてきた絶望の輪郭が生の死体として最後に目に飛び込んでくる。
無知は罪というが、知が救済なのだろうか?
絶望しか知りえないこの状況で?
275日後、サテライトの元には一体何がくるのだろう?

個人的な鬱映画人生ベスト10には入る映画だった。
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