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哀れなるものたちの一人旅のレビュー・感想・評価

哀れなるものたち(2023年製作の映画)
5.0
第80回ヴェネチア国際映画祭金獅子賞。
ヨルゴス・ランティモス監督作。

スコットランドの作家:アラスター・グレイによる1992年発表の同名小説をギリシャの鬼才ヨルゴス・ランティモスが映画化した異色ドラマで、胎児の脳を移植されたヒロインの波瀾曲折の人生模様を描きます。

19世紀を舞台に、人生に絶望し川に身を投げ自殺したものの、天才外科医:ゴドウィンによってお腹の中の胎児の脳を移植され蘇生した女性ベラをヒロインにして、成人女性の肉体を持ちながら心は未熟なヒロインが放蕩者の弁護士:ダンカンと共に欧州横断の旅を繰り広げる中で成長を遂げていく姿を描いた異色のファンタジードラマとなっています。

本作は、自殺をきっかけに新しい生命を吹き込まれたヒロインの第二の人生を描いた作品であり、英国を飛び出し欧州各地での冒険を通じて初めて“世界”を知ったヒロインの精神的な成熟までを見届ける物語です。言語の習得、文化とマナー、性の歓び、良心と悪意、労働と対価、男性優位と女性が抑圧された社会…と人が生きる上で必要な根本的な知識や能力の習得から段階を上げ、自分を取り巻く大きな意味での“社会”の仕組みと矛盾にまで目を向け自分なりに解釈&抵抗していくヒロインの劇的な精神変貌を描いて、他人に束縛されない一個人の自由意志に基づく人生の在り方を問いかけた寓話的&普遍的な“社会+人間解剖ドラマ”の異色作となっています。

モノクロとカラーパートを使い分けた色彩感覚&画面構図や、現実と空想が混濁した近代都市のユニークな景観、ルイ・マルの『プリティ・ベビー』(1978)を彷彿させる妖しげな娼館の風景といったランティモス独自の映像世界のもと、偶然にももう一つの命を授けられたヒロインの新世界との接触と数奇な運命をパノラミックに描き出した異彩の人生劇で、主演のエマ・ストーンが言葉もおぼつかない幼児から社会的に進歩した女性へと逞しく変貌を遂げるヒロインを熱演していますし、生みの親である外科医:ウィレム・デフォー、放蕩弁護士:マーク・ラファロら実力派のベテランが個性強めに脇を固めています。

蛇足)
ヒロインが船旅で出会う老婦人は往年のドイツの名女優:ハンナ・シグラ。出番は少ないですが、お年を召してもチャーミングな雰囲気が印象に残ります。
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