2級ハカセ

アイアンクローの2級ハカセのレビュー・感想・評価

アイアンクロー(2023年製作の映画)
3.7
まず主演のザック・エフロンの変貌ぶりに驚きました。役作りのためとはいえ筋肉の増量が本物のプロレスラー以上で、彼の映画に対する意気込みを凄く感じることができました。
本作は、トップレスラーとしてひとつの帝国を築き上げたフリッツ・フォン・エリックと、同じくプロレスラーになったその息子たちの呪われた物語を題材にしています。フリッツ・フォン・エリックといえば「鉄の爪」を武器にヒール(悪役)として活躍したプロレスラー、日本のテレビでもよく流血戦を観た記憶があります。またケビン&デビットのフォン・エリック兄弟については新日本プロレスの中継でその戦いぶりを観ていましたので、デビットが亡くなったニュースは当時衝撃をうけたこと鮮明に覚えており、そこから悲劇の連鎖が始まったことも活字では知っていました。
映画はその悲劇の物語を次男ケビンの視点で展開していきます。父の厳格な教育によりケビンの弟たちもレスラーとしてデビューしスターダムにのし上がり、父が経営権をもつWCCWも興行的な成功をおさめます。しかし兄弟の中でもっとも期待が込められていた三男のデビットが遠征先の日本で25歳の若さで急死したことを機に、フォン・エリック・ファミリーの悲劇は加速を増していきます。
この悲しい物語をドキュメンタリータッチで描くだけでも十分映画としては成立しますが(事実はもっと悲惨です!)、ショーン・ダーキン監督は、悲劇の要因を父フリッツと子供たちのパターナリズムだけで描かず、同時に父親への愛や強い兄弟愛にもフォーカスし、物語全体をマイルドに仕上げているところは見事だと感じました。特に兄弟が次々に亡くなっていくなか、「あの世」のような場所で兄弟が再会し抱き合うところは実に安堵できるシーンでした。
実のところスタープロレスラーとして成功するのは極めて難しく、いまでは公然たる事実ですが、プロレスは格闘技ではなくシナリオのあるエンターテイメントショーです。だから“強い”だけでは駄目でルックスやギミック、リングパフォーマンスからマイクパフォーマンスというような、あらゆるタレント性が要求されます。今思えば兄弟のなかでそれを一番もっていたのは三男のデビットであり、そこまでのタレント性を持ち得ない兄弟たちは、自分でも気づかぬうちに父親の夢と希望を叶えるために精神的に追い込まれ病んでいったというのが本当のところでしょう。
本作タイトルの「アイアンクロー」は、フリッツ・フォン・エリックが生み出した必殺技でもあり、息子たちに対する支配力や呪縛のメタファーともいえます。悲しくやるせない物語ですが、プロレスファンだけでなく、多くの人に見てもらいた映画だと思います。
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