Stroszek

SaltburnのStroszekのネタバレレビュー・内容・結末

Saltburn(2023年製作の映画)
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このレビューはネタバレを含みます

画面のサイズが四角い映画、久しぶりに観た。アナログのブラウン管テレビみがある。

2006年にオックスフォード大学に入学したオリヴァー・クイック(おそらく英文学専攻)。彼はリヴァプールを州都とするマージーサイド州のプレスコットから来た。彼のチューターでさえも知らないほどの田舎だ。後に仲良くなるフィリックスの家族である貴族もろくに知らない。この「プレスコットがどんな場所だか同じイングランド人でもよく知らない」という設定があとあと効いてくる。

実力でオックスフォードに入学したオリヴァーには分からなかったが、そこは血縁で学歴が継承される種類のエリート社会だった。新入生で初日なのに、周りはすでに知り合い同士で食堂で座っているし(同じパブリック・スクール出身か、高い地位の親同士の付き合いで知り合っている)、同じチュートリアル(個人指導)に当たった同級生ファーリー・スタートは、母親もオックスフォード出身でチューターの憧れの相手だった。コネのないオリヴァーのような青年は、パーティからもハブられる。

オリヴァーは図書室で見かけた青年フィリックスに目を奪われる。冒頭で「周りのようには媚びないで彼のことを理解しようとしていた」と自認してたが、実際には自転車がパンクした彼に自分のを差し出すという最大級の献身行為を行なって取り行っていた(数学オタクに「ごますり野郎」と言われるのも分かる)。

彼らの間には、パブリック・スクール出身の「屋敷持ちの貴族」("イーヴリン・ウォーの小説のモデル")とパブの奢りもできない「古着を着た奨学生」という、れっきとした身分差が存在している。イギリスには労働者階級の人間は低身長で上流階級の人間は高身長とあう俗説があるが、オリーは背が低く、フィリックスは背が高い。二人のルックスがそのようなステレオタイプを強化しているので、オリーの正体に私も騙された。

父親の事故死を知らせると、一度は見放されたフィリックスから目をかけられ、彼の屋敷ソルトバーンに招かれる。先祖代々受け継がれた古い家具がある家だ(「ヘンリー八世のベッド。彼の精液がついてる」)。

ソルトバーンは色々な人にたかられている。フィリックスの母エルスペスの友人パメラ、フィリックスの父親の妹を母に持ち、母のために金をたかるファーリー。

登場時は童貞っぽいオリヴァーが、なぜか性技の達人のようになり、フィリックスの姉ヴァニシアやファーリーに言うことを聞かせる。

ソルトバーンの人々だって相当変わっていて、ファーリーにカラオケで侮辱され頭に来たオリーが割った鏡がいつの間にか直っている(たぶん使用人がそういう状況への対処に慣れている)。

ところが50年代キッチンシンク・ドラマに出てきそうな完璧なワーキングクラスボーイの見た目なオリーは結局、プレスコットの中産階級の男の子だったことが明らかになる。ノブリス・オブリージュを果たしたいフィリックスのために可哀想な学生を演じていたという訳だ。

フィリックスが亡くなっても"Keep calm and carry on"とばかりに昼食にとりかかる父母と、それに調子を合わせるオリー。食べられないファーリー。アメリカ人とイングランド人の違いを象徴する場面である。

以前はすぐに鏡が直されていたが、フィリックスの死が判明した朝、執事ダンカンは朝食の間のカーテンをなかなか直すことができない。ソルトバーン邸の崩壊の始まりを表している描写が巧み。

ヴァニシアがオリーを、「必死に中に入り込もうとしている」蛾に例えたのは妥当である。しかし彼女もまた、オリーの本当の目的を見誤っていた。

イギリス貴族がいまだにこんなにもイングランド人の憧れを煽る存在だったことに驚いた(オリーを演じるバリー・キョーガンはアイルランド人である)。その憧れは双方向的なものでもあって、フィリックスがあんなに簡単に騙されたのも、ケン・ローチが『スイート・シックスティーン』(2002)で描いたようなアンダークラスの暮らし、そこで傷ついた人々に興味があったからだろう(バリー・キョーガンは『スイート・シックスティーン』でリアムを演じた頃のマーティン・コムストンにちょっと顔が似ていると思う)。

ソルトバーン卿が亡くなってもオリーは彼の爵位を継げないだろう(世襲貴族は血縁者しか継げない。エルスペスが署名していた書類はおそらく、自分が管理することが不可能になったあと、ソルトバーン・エステートの管理人をオリーに指名する公正証書の類だろう)。何故彼がこんなことをしたのか、憎しみだけが理由なのか。本当の出自がフィリックスにばれなかったら、どうするつもりだったのか。不明だが、最後に屋敷内を踊り狂うバリー・キョーガンのビジュアルは強烈である。

そこから彼の動機を推測すると、「生まれ育った古い屋敷を紹介する際、魚のようにすいすいと移動するフィリックスに強烈な嫉妬心を抱き、同じ国内のプレスコットがどんな場所かも知らずに"貧しい人々"への偏見を抱くソルトバーンの人々に憎悪を抱いた」ことになる。しかし"プレスコット出身の貧しい奨学生"というセルフイメージは彼自身が作り出した虚像だったので、彼は自らが捻り出した嘘に囚われていたことになる。結局、フィリックスのオリー評が最も的を射ており、「病院に行け」「医師の診断を受けろ」というレベルのサイコパスだったのだろう。階級の壁をぶち破って襲ってきたパワフルなサイコパスに、貴族がすべてを奪われる話と言える。  

思えば、世襲貴族の父親もヴァニシアもフィリックスもオリーには最終的に騙されなかった。オリーが最終的に、モデル出身の俗っぽい母親に狙いを定めたのは必然と言える。彼女ならつけ入る隙があると思ったのだろう。

ところで世襲貴族とて相続税からは逃れられないので、あれだけ巨大な屋敷を維持したりパッと思いついてパーティを開いたりするには、フィリックスの父親には何か莫大な収入源があると思われる。実業家としても優秀な人物だったということだろうか。

それにしても、議会での支持者を増やすために貴族を増設した時代(ジェイムズ一世、チャールズ一世)以前からの貴族、つまり肖像画にあったようにリチャード三世時代からの貴族だとすれば、リアルガチめの旧家である(イギリスの貴族の数は少ない)。ファーリーが「リチャード三世とやりたい」と言ってるのを聞き、「じゃあ、僕とやればいい」とオリーが提案している。ということは、彼の自己認識はリチャード三世ということになる。シェイクスピアの『リチャード三世』は、言葉で敵味方をたぶらかし、周りを破滅に追いやり王座を手に入れたうえで、自分も気が狂う役だった。オリーもそうなるのだろうか。

半熟卵の黄身はだめだけど、精液の混じった風呂の残り湯や経血は啜れるという点に、彼の狂気が表れている。それとも半熟卵に嫌悪感を示したのは、貴族に気後れしてないところを彼なりにアピールしたかっただけだろうか?何を考えているのかよく分からず、何も考えてないようにも見える、凄いキャラクター造形であった。
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