海

Hereの海のレビュー・感想・評価

Here(2023年製作の映画)
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生まれてくるまえの姿や、生まれてから間もない頃の記憶や、わたしのことをずっと待っているはずの何かに、つづいていそうな細い道だけをいつも選び、ここまできた。〝花や草やいきものの名前を、見えるかぎり、すべて知ろうとすること〟をわたしはこの数年間ずっとやってきて、去年の9月、それらをおぼえるための記録を始めた。花や木に始まり、虫や鳥、種子、木肌(幹・枝)、実生、地衣類、そして今はいきものの残す“いのちの痕跡”にまでおよぶ(鳥類のペリットや動物たちの足跡、抜け殻や巣など)。だから昨日、劇場のやわらかすぎる椅子にうもれて、わたしはそこではないどこかへ何度もいった。いつも見ている自然や生きものだけで成り立った心の中の世界と、スクリーンに映し出される深い緑色の世界との、はざまにいるような不思議な感覚だった。(あなたの色が森林の緑ならばわたしの色は水の青だろうとおもった。大切な友人は緑の人で、そのひともこの映画を好きと言っていたこと思い出した。)なにも殺されずだれも悲しまない。踏まれた草花と土はすぐに足あとをおしかえし、雨と陽光は交互に降り、なにもかもが再生する。壮大な最後までもをふくめた反復がある。うまれることをはじまりと呼ばず、死ぬことをおわりと呼ばない場所がある。人の作った都市のすぐそばにある。それはたしかに“誰も見向きもしない”ようなものなのかもしれないけれど、わたしにとって重要なものだ。土のうえに落ちた実を1つずつ見てほしい。いくつも発芽しているのを見てほしい。それがやがて根を張って花を咲かせ大木になる。その木がつくる影で野生の動物たちは休み、新緑の頃が幼虫たちを育て、高い枝に留まり小鳥たちはさえずる。それが、とだえることもわすれることもない光り。
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