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ありふれた教室のnetfilmsのレビュー・感想・評価

ありふれた教室(2023年製作の映画)
4.3
 吉田恵輔の『ミッシング』同様に、何と言うか世界中の先進国では同じような問題がいま、同時に起きているらしい。それはささくれ立った棘のようなもので、観客の気持ちに寄り添うというよりは針のような触感が痛覚を襲う感覚にも近い。然しここで行われているディスカッションは必見と呼ぶしかない。仕事熱心で正義感の強い若手教師カーラ(レオニー・ベネシュ)は、新たに赴任した中学校で1年生のクラスを受け持つことになった。ある日、校内で続発している盗難事件の犯人としてアリという名のイスラム系の教え子が疑われてしまう。校長らの強引な調査に反発したカーラは自ら真相解明に乗り出し、職員室にカメラを仕掛けたところ、ある人物が盗みをはたらくところが記録される。私はまずカーラという若手教師の物事の進め方に非常に好感を持った。何と言うか非常に利発な所があり、頭が良い。物事をイシュー毎に切り捌いて、決して感覚的に断罪しない。冷静で極めてリベラルなバランスを持った理想的な先生なのだが、ある事件を境に彼女の中の何かが音を立てて崩れて行く。ミヒャエル・ハネケの傑作『白いリボン』でエヴァという少女を演じたレオニー・ベネシュがすっかり大人になり、かつての自分自身の役柄の頃のような中学生に語り掛ける様は必見だ。

 それは正義感に基づく行動があり、彼女の信念にも纏わる明確なアクションなのだが、事態を起こした時点から彼女の崇高な倫理観や社会的規範は矛盾を孕み始める。SNSというのは拡声器にも近いと誰かが言っていたが、一旦可視化された情報は燃え盛り、簡単に鎮火出来ない。今作の最も恐ろしい部分とは、若手教師カーラの取ったある行動がやがて校内中を巻き込む事件へと雪崩れ込むことだろう。しかもそれは偶発的なバランスに拠るものではなく、監督が意図した通りにパズルのように精緻に配列される辺りが極めて印象的だ。その様子は中盤にカーラがオスカーに渡したルービックキューブにも近い。ファティ・アキン同様にトルコ系移民の新鋭イルケル・チャタクが監督する物語は、人種や思想・信条が何よりも重んじられるはずの学校という場において、様々なイシューが飛び交い、混線し、奇妙なまでに分断されて行く過程を我々観客にまざまざと見せつける。私の考える正義が目の前にいるあなたにとっては悪となり、寛容の精神を持つはずの学びの場が戦場と化す。カーラという名の主人公はその戦場の最前線に投げ出される人間の盾ではないか。ポーランド系移民で今はドイツの先進的な学校に勤める彼女は奇妙な分断の現場に晒される。それ自体が不寛容で歪な社会の在り様をつぶさに見つめる。99分間、間延びする時間は一瞬もなく、『システム・クラッシャー』同様に今年のドイツ映画の躍進ぶりは目を見張るものがある。緻密なディスカッションで構成された並外れた傑作。
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