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ラジオ下神白―あのとき あのまちの音楽から いまここへのakiakaneのレビュー・感想・評価

4.5
下神白団地のけい子さんの家に集まったとある夜の帰り。「ラジオ下神白」メンバーの乗った車を見送るけい子さんの姿を目で追いながら「まだ手を振ってる」と一人がつぶやく。少しの沈黙の後「下神白の夜は真っ暗だね」とまた一人がつぶやく。
スクリーンにはけい子さんが手を振っている様子どころか、ほとんど何も見えない暗闇しか映っていない。
しかし、明るく賑やかだった部屋と、18時で真っ暗になった団地の静寂との対比が、一人で暮らすけい子さんにとってメンバーとの集まりがどれだけ楽しい時間で、同時に別れがどれだけ寂しいのか、彼らとの再会が支援者たちにどれだけ望まれているのかを象徴しているかのようだった。

一人ひとりの思い出を歌や語りで聞くとともに、その度に訪れる暫しの「別れ」を映した本作は、「家に着いたら電話しろな」と何度も言いながら車窓に手を振り続けていた今は亡き秋田の祖父母のことや、施設のベッドから眠気で持ち挙がらない手をなんとか動かして言った「またねぇ」が最後の言葉になった東村山の祖母のことを思い出させた。

きっとこの映画にも、収録されていないがもう叶わなくなってしまった「またね」があるのだろう。毎年恒例の感動創出系テレビ番組なら、そんな「別れ」や被災の苦労と困難の語りを入れたり、感傷を煽るBGMやナレーションを付けたりして、ドラマチックな「感動作」にできたかもしれない。
しかし、住民たちから「また来てね」と言われ「お友達」と紹介されるラジオ下神白と伴奏型支援バンド(BSB)のメンバー、そして彼らを撮った小森監督の映像は、住民を「感動作」の素材にしないし歌い手をカラオケ音源のように置いてもいかない。まさに伴走(伴奏)だ。

世代も立場も超えて記憶と思いをつなぐ歌と音楽の力、一人ではどうにもならない問題に直面した心を支え合う人々の強さと優しさに、観ている者も勇気づけられた。


《パンフレット(購入推奨)》
①現地、下神白団地での本作上映会の様子を記したアサダワタル氏の寄稿文が本作の最高の続編だった。むしろこの上映会の映像が見たくなってしまう。

②当初、けい子さんが手を振るシーンをNG素材に振り分けていたものの「何か大事なものが写っているように思えてつないでみた」という小森監督の感性に嘆賞を禁じ得ない。

③組織運営にあたっての内輪揉めとか苦労、葛藤、事件などがあったら本編に入れるかパンフレットに記載して欲しかった。
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