あなぐらむ

レイヤー・ケーキのあなぐらむのレビュー・感想・評価

レイヤー・ケーキ(2004年製作の映画)
3.7
ダニエル・クレイグの出世作。全米でもスマッシュヒットした。
ジャンルをひと言で言えば「ギャングもの」。ある意味(日本的な解釈の)「ノワール」風でもある。

麻薬ディーラーのXXXX(ダニエル・クレイグ。名前が設定されていない)とその一派は無駄ない完璧な仕事で業界からも一目置かれる存在。XXXXは順調な今のうちにこの世界から脚を洗いたいと考えている。
そんな時、業界の大物から声がかかり、仕事を依頼される。
ひとつは裏社会の顔役のジャンキーの一人娘を探し出す事。もうひとつは出所がヤバいブツ「エクスタシー」を買い付けて売り手を探す事。
どちらも今の彼にとってはカンタンな仕事の筈だったが…。

アメリカもそうだが、フランスやイギリスでもこの手のギャングストーリーはいっぱい出ていて、本作も小説が原作だそうだけど、このとっかかり部分にはクライム・ノヴェル、ディテクティブ・ノヴェル(探偵小説)好きにはニヤリとする設定がいくつも盛り込まれている。
ワケ有りの失踪女性を探す事を依頼されるのはディテクティブ・ノヴェルの王道、しかも暗黒街からの依頼とあれば断る事もできず、そこに自ずとサスペンスの要素が盛り込まれる。
一方のドラッグを捌く方にしても、これはクライム・ノヴェルではよくある展開。ブツの出所がヤバいってのがミソ。

本作はこの二つのプロットを絡み合わせながら、しかしその物語的なダイナミズムよりも寧ろ、どんな社会にもある「上の者が下の者の上前をはね、甘い汁を吸う(まるでケーキの上段にしかクリームが乗っていないように)が、這い上がった者は這い上がった頃にはかつて自分が下層だった事は忘れてしまう」という図式をこそ、描こうとしているように見える。
それは制作されたのがイギリスであるという事と、無関係ではないと思う。
イギリスという、特権的な貴族社会と労働者階級が明確に存在する国だからこそ、この一種ひねくれたサスペンスは成立するのだ。
XXXXは暗黒街の大物連中の陰謀に翻弄されながら、ある時は汚い手を使い、ある時は敵を利用しながら見事に立ち回っていく。
この辺りのクールさとスマ-トさ、ちょっとトボけたブラックなユーモアがこの作品の肝だ。なんせ人の生首でさえ、使い道があるのだから。
(この首を持って来いっていう設定って、ちょっと「ガルシアの首」っぽくて好きだ)
この辺りはクライム・ノヴェルやノワールものが好きな人にはたまらない展開なのではないか。エルモア・レナードとかリチャード・スターク(ドナルド・ウェストレイク)とかね。

ダニエル・クレイグは本作のような、ちょっとスノッブな感じのニヒルな小悪党が似合う面構えと雰囲気を持っている。ボンドに扮したときのちょっとダーティで野卑な感じは、この作品にも通じるラインだろう。
性格俳優たちを脇に配して芝居のアンサンブルを見せるマシュー・ヴォーン演出は盟友、ガイ・リッチー風味ながらより上品でブラックな味わいを見せ、中々のもの。編集のセンスのよさ、音楽(音響効果)のクセのある使い方もいい。

残念なのは、ヒロインのシエナ・ミラーの存在。
本来であれば彼女の存在はXXXXの何らかの枷にならなくてはいけないし、もっとファム・ファタル的なポジションでなくてはならないがどうにも添え物っぽくしか見えない。それ故、ラストが活きて来ない。
まぁ俺としてはXXXXの部屋に誘われて、わざわざお着替えセット持って出向いてくシークエンスだけで充分だけど(何度でもリピート再生したいぐらいだ)。
アート系べったりにならず適度にエンタティメントな仕上がりで、昔でいう「B級映画」(プログラム・ピクチュア)の佳作だと思う。犯罪映画好きは観て損なし。