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無能の人のgenarowlandsのレビュー・感想・評価

無能の人(1991年製作の映画)
3.7
竹中直人が監督、主演。原作は漫画家つげ義春のシリーズから。漫画は読んだことがないが、映画のこの世界観は好き。寡黙だけれど、言葉にできない感情が画面いっぱいに膨らんでいる。
かつて一世を風靡した漫画家が売れなくなり、家族を養うためにさまざまな職業に就くが、ついに石に価値を見出し再出発しようとする話。

寅さんの多摩川版として元旦に観たかった。なんとなく寅さんを彷彿させるが、寅さんよりもっとまじめで家族思い。だが、寅さんは世の中の道理を知っている。助川助三の世界は狭く、広い世の中の道理よりも自分の世界を大切にしたい。だが、自分を押し通してまで愛する家族に苦労をかけたくないし自信がない。

言ってみれば寅さんが何にも(あえて)執着せず渡り鳥のように生きるのに対して、助川助三は自分が執着してしまうことをわかっておらず、狭い世界の中で四苦八苦している。

好きなこと以外関心なく生きてきたから生きる術を知らない。妻役は風吹ジュンなので、不甲斐ない夫に辛辣なことを言ってもふんわかしている。

シリアスなのに笑える、悲しいだろうに幸せに見える。

竹中直人が無能の人の役なのに声がよく冷静にみえるから、そんなに悲壮に感じられなかった。蛭子さんも出演していたが、万が一蛭子さんが主演だったら、全く印象が変わっただろう。

友情出演で多数の著名人がちょい役で出ている。鑑賞後、wikipedia読んだらあの人もこの人も、どこにいたの?ってほど大勢。

間合いが絶妙に開いていて好き。タイミングの悪さも表しているんだろう。人生のボタンをかけ違えて焦ってババ引く辛さの連続で、やり直してもやり直してもメインストリートを歩けない、元に戻れない。家族が大切だから自分をころすが、自分を出しきった作品は時代遅れと言われる。どちらを向いても惨めだが、ただ精一杯目の前のことを頑張る。

こう書いてきて、やはり寅さんとはだいぶ違う。寅さんは有能なのに自分のことだけを考えている。だから車屋のみんなに叱られる。寅さんの葛藤は家族のしがらみで自由を失いたくないこと。

助川助三は自分のことだけを考えたいときもあるが、家族が大切。アーティストの自分を抑えてまでやりたくない仕事はしたくない。貧乏を家族に強いてしまっている。助三の葛藤はアーティストとしてのプライドを捨てたくないこと。

不甲斐ない助三に好感をもってしまった。生活力は確かにないのだが、憎めないし、感性の豊かさと芸術性が高い。女性に財力があったら、パトロンになって…いやいやヒモ一直線になってしまうパターンは二度とごめんだ。

寅さんとまた比べるが、車家は現実には参道の団子店なので安定した収入があり、タコ社長の印刷工場は景気に左右され、助川助三の単品勝負の不安定な生活とも違う。寅さんがあぐらをかいていられるのは実家が安定しているからだ。アーティストは生活に保証なく実に不安定。

でも、つげ義春さんのアーティストとしての葛藤だと思ったので、どこか安心して観ていられたのもある。

息子が、がむしゃらになって働くカッコ悪い父親を見て悲しくなってしまったのを母親の風吹ジュンが受け止めているシーンが沁みた。

独特の豊かな感性をもち、漫画で表現できる人は、それ以外ができなくても無能なんて言葉で自分を卑下することはないと思う。何かに能力がある人を才能ある人という。

アーティストに知り合いはそんなにいないが、組織に所属した働き方と全く別の生き方だから価値観も人生観も全く異なる。アーティストを評価して世に出すのが組織人なのは皮肉なことだ。

赤提灯の4人の演技を大絶賛したい。

虚無僧に聞き惚れる家族。
息子が精霊みたいにふと現れ立ち尽くしたり、漫画の静的な画に溢れていた。漫画を忠実に再現したそう。

昭和の高度成長にはじかれた人を描いているそうで、昭和30~40年代の時代のよう。

有名だけど読んだことのないつげ義春さんの漫画。興味もちました。
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