パングロス

くちづけのパングロスのレビュー・感想・評価

くちづけ(1955年製作の映画)
4.0
◯戦後10年目のラブコメ競作「盗み見」三題

石坂洋次郎の『霧の中の少女』を原作として、
成瀬巳喜男と東宝初代社長の藤本真澄が製作した
成瀬を含む三人の監督による上質なコメディ


《第一話》筧正典監督「くちづけ」

◎大学生のプロポーズ大作戦第一弾
バッドジーニアスから初めての接吻へ

長谷川教授(笠智衆)曰く、
「(カンニング=)賄賂は贈賄も収賄も罪になる」
「だったら、瓜を盗む意志はないのに、瓜田に履を入れたのかね」


【以下ネタバレ注意⚠️】




大学の国文学の試験会場。
教授の目を盗んで、後ろの机の河原健二(太刀川洋一)が前席の夏目くみ子(青山京子)に答案をこっそり見せてもらい書き直す。

案の定、写した解答は誤りだったことがわかって落胆していると、教授から二人の名前を記した呼び出し状。

すわ、バレたと首をすくめるが、健二は「俺に任せろ」と請け合い。
二人は教授の前で両手を挙げて、正直にカンニングを自首。
教授は、よろしくはないが、私も昔はよくしたもんだと意外な反応。

実は、二人が銀座の温泉旅館(今で言うラブホならん)に入って行ったのを見たとの投書があったが本当か、との尋問が呼び出した理由だった。

くみ子が、それに答えて曰く、
試験のあと、二人で銀座に出たんですが、空腹なのに金欠だったので、知り合いの家でご馳走になったんです。
その家が温泉旅館だったという訳なんです。
私たち、いつもラーメンをおごったり、おごられたりする仲ですけど、そんな怪しい関係なんかじゃありません‥‥と。

教授曰く、そんならいいが、二度とない青春だ、まァ大切に過ごしなさい‥‥と。
二人が胸を撫でおろして研究室を退出しようとすると、
そうそう、私もこの年にして、まだ恋愛をしないとも限らない。そのときは、是非その温泉旅館を紹介してくれたまえ。

>いやぁ、笠智衆のサバけてトボケた教授ぶりが爆笑を誘う。

他日、くみ子は伯父(十朱久雄)とビフテキの会食。
高級レストランらしく、BGMにハイドンの弦楽四重奏曲「ひばり」の軽快なメロディが心地よく聴こえている。
話題は、くみ子の義姉倫子(杉葉子)の再婚話。
最初は未亡人が再婚することの是非を訊かれ、一般論として賛成したくみ子だったが、それが姉の話と明かされて動揺を隠せない。

何か姉が急に汚らしく思えて。私って少女趣味なのね。
と、河原を歩きながら、健二に話すくみ子。 
続けて、
姉さん、結婚前に兄さんと、河原で接吻したんですって!
私、そういうの全然わからないわ。
それを聞いて、健二、
愛する人ができたら、抱きしめたくなるのが、男の生理ってやつさ。君はどうなんだい?
くみ子、答えて、
女は出産っていう生理から逃れられないから、ふだんはできるだけ、そうしたことは意識しないでおきたいのよ。

会話はひと段落。
草むらに横たわり伸びをする二人。
健二、突然、目をつむったままのくみ子にキス。

何をするの!
プロポーズもしないで!

いやァ、僕が君にラーメンをおごったのは、遠回しに君にプロポーズしたのと同じなんだ。

何言ってるの!
ラーメンがプロポーズだなんて言って、唇を奪う人なんている?

>まぁ、青春あるあるの、微笑ましい痴話喧嘩ではあります。

同じ河原の少し離れた場所。
くみ子が出した資金で買った凧をあげる甥っ子の宏(日吉としやす)と連れ立つ母親の倫子の遠景でラスト。

 ※三話中、もっとも幼い感じのカップル。
  作り上がりも、いちばん軽め。
  スコアは、3.6相当だが、
  笠智衆教授のあまりの可笑しさに加点して
  3.9

以上、発端は答案の「盗み見」、初めての接吻。


《第二話》鈴木英夫監督「霧の中の少女」

◎大学生のプロポーズ大作戦第二弾
会津に咲いた絶美の花、司葉子と中原ひとみ

磐梯山の麓、会津若松の南、門田(もんでん)駅近くの農村。
働き者の父(藤原釜足)と母(清川虹子)。
口喧嘩しながら甲斐甲斐しく農作業に励む。

トンビが鷹を産んだのか、何故か、この二人の子に、美し過ぎる姉妹。
姉は東京の大学に通う帰省中の由子(司葉子)。
妹は、思春期まっただなかの生意気盛りな16歳妙子(中原ひとみ)。

>司葉子の美貌は会津の片田舎にあっても光り輝いている。
>中原ひとみも、現役として、まだテレビでご尊顔を拝見する機会もあるが、本作の彼女の可憐でおしゃまな美少女ぶりよ。

>この二人は、ハリウッド女優にも決して負けない美しさだと再認識した次第。

そこに、大学の同級生上村英吉(小泉博)が旅先の北海道から
「東京までの資金が尽きたので、君の実家に泊めてくれないか」
と急の手紙が来た。
これに釜足、虹子のデコボコ夫婦は要らぬ心配で大騒ぎ。

呵呵大笑、「いいじゃないか」の祖母八十子(飯田蝶子)の鶴の一声で英吉の宿泊が決定。

おまけに、蝶子婆ァの差しがねで、姉妹と末の弟の信次少年(伊藤隆)と英吉の四人で東山温泉へ一泊旅行に出かけたもんだから、デコボコ夫婦は、またまた杞憂の大騒ぎ。

二人が心配するなか、日も暮れたころ、蝶子婆ァ、
「終バスは、まだあったかいな」
「お母さんも、さすがに心配になられたのね」
「いんや、こんなことでもないと温泉なんか入れんもんで、ワシも温もろうと思ってな。ワッハッハ‥」

さて、温泉宿の夜。

男湯は英吉ひとり。
女湯は、由子、妙子にお婆ァ様。
思わず「会津磐梯山」を調子良く歌い出す蝶子婆ァ。
声をあわせる、美人姉妹。
歌声と愉快な笑い声が絶えない檜風呂。
ひとり聴く英吉も我知らず微笑む。

はしゃいで疲れたのか、早めに床について、いつの間にか寝入ったお目付け役自認の妙子が目を覚ますと、大学生二人の姿が見えない。

霧煙る山道を叫びながら、二人を探す妙子。
バス停から歩いてきた蝶子婆ァと出くわして顔を見合わせる。

と思う間もなく、霧の中から、シューベルトの「菩提樹」を歌う男女の声が‥‥

呵呵大笑する由子、
「何、心配してるの、子供じゃァあるまいし」

若い二人を終始応援する蝶子婆ァが気を回して、
冬休みも来るといいよ。‥ということに。

デコボコ夫婦、釜足父、
「冬に二人で来られたら、コタツんなかでやるこたァ決まってる」
虹子母は、いつの間にか二人の応援側に、
「嫌だねぇ、上村さんはアタシたちと違って学がおありなんだから間違いはないよ」

門田駅から汽車に乗って東京に向かう二人。
あとを追う信次、叫んで曰く、
「東京に戻ったら、上村さん、姉さんに結婚を申し込むんだってェ?」
由子、満面の笑みを浮かべながら、
「そうよォ」

遠くなる蒸気機関車でラスト。

 ※三話中、文字通りメイン。
  役者も美女、二枚目、喜劇巧者が揃い、
  特に、あっけらかんとした飯田蝶子の
  陽性な笑いに、ついついの誘われ笑いを
  禁じ得ない。
  近代精神の極致たる大学生カップルと
  東北の農村という異色の取り合わせが
  快笑と多幸感を産んだ奇跡のコメディ。

  スコアも最高点で、
  4.3

以上、英吉の私物の写真に写っていた女性に少しだけ嫉妬して、由子、
「あの女性は誰なの?」
「バカだなァ、嫉妬しているのかい? 友人の妹さ」と、
「盗み見」のおかげで愛を確かめあった二人でしたとさ。


《第三話》成瀬巳喜男監督「女同士」

◎イケメン町医者に恋する看護婦妄想日記
若き看護婦メイ子に嫉妬するデコ奥様の杞憂

ハンサムな開業医金田有三(上原謙)。
看護婦は地方出のキヨ子(中村メイ子)22歳が住み込みで常勤。

金田の妻明子(高峰秀子30歳)は、ある日、掃除していた時に、たまたまキヨ子の日記帳を読んでしまう。
そこには、金田医師への熱い想いが綴られ‥‥

「心配なのよ。何か間違いがあってからじゃ、手遅れになると思って‥」
ヨハン・シュトラウスの「美しく青きドナウ」のジャズアレンジバージョンが流れるレストラン。
明子は実兄(伊豆肇)に相談している。
「そいつァ、心配には及ばんね。若い女性にありがちな恋に恋するってやつさ。その想いを、身近な男性に投影してるだけなのさ」
「あら、そうかしら?」
「そうさ。本当に結婚するような相手ができたら、そんなのはすぐ消えてなくなる、ってやつさ」

明子は、それとなく、金田の意見も訊いて、出入りの八百屋清吉(小林桂樹)にキヨ子が惚れていると、キヨ子には清吉がゾッコンだとそそのかす。

嘘から出たマコト。
若い二人は相思相愛に。

再び、青きドナウのレストランで兄と出会い、これでホッとしたと伝える。
「それ見たことか」

キヨ子は清吉と結婚し、コトブキ退職することに。

代わりの看護婦が決まって、金田から紹介される。

後ろ姿の新入り看護婦。

振り向くと‥‥

八千草薫!

>いやァ、これは出オチ中の最高傑作ではないか!

>ご存知の通り、当時の邦画は、出演者のクレジットが冒頭に出されるが、八千草はノンクレジットだった。
>文字通りのサプライズ演出である。

>たんなる出オチにとどまらず、言外に伝える、一難去ってまた一難、小ボス去ってラスボス来る。
>若奥様デコちゃんの嘆息が聞こえてくるような名ラストではありました。

>成瀬/高峰にしてはミニサイズのコメディ。
>それに、中村メイ子の扱い(特に明子の兄の発言)に、若い女性に対する蔑視を感じる点が否めず、現在的観点からは減点対象となる。

 ※このため、スコアは、
  3.5相当だが、出オチ八千草サプライズ
  演出の見事さにシャッポを脱いで加点、
  3.8

以上、中村メイ子の妄想日記を「盗み見」たデコちゃんの月下氷人奮闘記の巻でした。


《総評》
いやいや、一話30分強のミニエピソード三題でしたが、戦後10年目にして、実に手抜かりのない絶品の爆笑ラブコメディではありました。

全体のスコアは、

( 3.9 + 4.3 + 3.8 ) ÷ 3 = 4.0

にて、4点の高い成績と相なりました。

《参考》
生誕百年記念 女優 高峰秀子
会場:シネ・ヌーヴォ 2024.2.3〜3.1
www.cinenouveau.com/sakuhin/takaminehideko2024/takaminehideko2024.html
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