天馬トビオ

行きずりの街の天馬トビオのレビュー・感想・評価

行きずりの街(2010年製作の映画)
3.0
新潮文庫版『行きずりの街』の解説で北上次郎が書いているように、原作者志水辰夫は「冒険小説家ではなく、ハードボイルド小説家でもなく(もちろん、そのどちらの要素もあるのだが)、すぐれた恋愛小説家」である。監督と脚本家があえてミステリ要素やハードボイルド要素を極力排し、その1点に絞り込んだ潔さがこの映画のすべて。

原作付きの映画化で一番難しいのは、予算や尺などさまざまな条件から原作そのままの映像化ができないこと。そこで重要になってくのが、監督にしろ脚本家が原作のどの部分を掬い取っていくか、どの要素を重視してセレクトしていくかということ――そこに映画人としての見識が如実に表れてくるのだろう。

塾の教え子の行方を捜すだけであそこまで頑張れる? 波多野が失踪した教え子に12年前の小西真奈美の姿を見ていたことは明らかだ。再会、そして再燃する思い。手の動きだけで二人の心の動きを描く絶妙な演出。揺れ動く小西の心情を巧みに表わすように、携帯電話にたびたびかかってくる電話はARATA(当時)からのものだろう。未練すぎると、笑うなら笑え。そんな朴念仁にこの映画を観る資格はない。

原作から百万光年離れた、もう一つの別の『行きずりの街』。
天馬トビオ

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