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地下水道のSadAhCowのレビュー・感想・評価

地下水道(1956年製作の映画)
5.0
2022 年 36 本目

見るたびに息苦しいのになぜか何度も見てしまう映画。いわゆる「映画のポーランド派」の最初の 1 作とされることの多い作品。ワイダの『世代』をポーランド派に加えるか否かは意見が分かれるらしいが、まあどうカテゴライズしても抵抗三部作は傑作だよなあ……。

戦時中の対独レジスタンス「国内軍」の悲劇的な最期を描いた映画。1944 年夏、戦前のポーランドの流れを汲むロンドン亡命政府指揮下の国内軍はソ連の進軍とそれに押されるドイツの劣勢に乗じて、ワルシャワを奪還しようとする。国内軍は反ドイツであると同時に反ソ連でもあったので、うかうかしているとソ連にポーランドを実効支配される恐れがあったからである。

拠点としていたワルシャワ郊外のモコトゥフがドイツ軍に包囲されるなか、脱出のためにザドラ隊長率いる中隊のメンバーは下水道からワルシャワ中心部へと脱出を図る。もし映画に臭いがついてたらとても見てられんものになっただろうな……。ワイダの提案で挿入されたという鉄格子のシーンは本作のクライマックスで、デイジーが鉄格子の向こうに見ているのはヴィスワ川対岸。実はこのときにソ連軍は対岸まで軍を進めていたのだが、国内軍の反共的性質を察知していたので、対岸で軍を止めて国内軍の自滅を待っていたのだった。エグすぎる……。

なお、デイジーを演じた美人テレサ・イジェフスカは本作で世界的な知名度を得るが、わずか 48 歳で死亡している。自殺と言われているが真偽は不明。そして地下水道でオカリナ吹きながら発狂するピアニストを演じたヴワディスワフ・シェイバルは、本作のクランクアップ後に西側に亡命。シェイバルは後に 007『ロシアより愛をこめて』でスペクター幹部のクロスティーンを演じている。狂ってなくても顔が怖いんよねえ(失礼)。

地下水道からの脱出は脚本を書いたイェジ・ステファン・スタヴィンスキの実体験にもとづく。スタヴィンスキは幸運にも地下水道から生還することができたが、部下の大部分を失った上に、1 週間は食事も喉を通らなかったらしい。しかも長らく地下に潜っていたため、地上の光に耐えられず一時的に視力を失った。

スタヴィンスキはこの国内軍の悲劇的な最期を小説の形でまとめようとしていたのだが、反共的性格を持つ国内軍に関する話題は戦後のポーランドではタブーだった。そんななか、1955 年 8 月に映画製作スタジオ「カドル」の設立集会でワイダとスタヴィンスキは出会い、それがこの伝説的名作の発端となった。折しも時代は 1956 年のスターリン批判から「雪解け」の頃であり、ポーランドでもポズナン暴動が起きるなど体制がゆらぎ始めていた。当初はアンジェイ・ムンクに映画化を依頼する予定だったらしいが、カメラマンを伴って下水道に降りたムンクはその環境のあまりの劣悪さに閉口して降板。そこでワイダが映画化権を獲得し、ウッチに大規模なセットを組んで撮影を進めたのが本作だった。その後のブレジネフ体制下で共産圏が一気に締め付けられること、この映画がなければおそらく「ポーランド派」そのものが生まれなかったことなどを考えると、まさに「雪解け」という一瞬の春が生んだ奇跡のような映画だったと言える。
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