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過去のない男のmochiのレビュー・感想・評価

過去のない男(2002年製作の映画)
3.9
良作。文字通り一度死んだ男の生まれ変わりを描いた映画。生まれ変わりであって、再生ではない点が重要である。生まれ変わるためには一度死ななければならず、一度目の暴漢による暴力は、生まれ変わりのために必要な契機である。その死をもたらしてくれた暴漢と再び出会ったときに、彼は彼の人生を守ろうとする。この点に、この映画のテーマが再生ではなく生まれ変わりである点がよく現れている。だから、主人公が記憶がないにも関わらず、自己の記憶を思い出すことに積極的ではないのも合理的であり、むしろ自己の同一性を他者から判定され、ことあるごとに名前を求められる世の中が世知辛い、ということになる。全編を通して、現世における神の不在と世知辛さが表現されているが、名前の喪失およびそれにまつわるトラブルはこのテーマの代表元である。強盗をして未払いの給料を払うよう頼む人物は、記憶をなくす前の主人公そのものである。彼は自己の同一性を当然だが捨てることはできず、その同一性により破滅を迎えることになる。一見何の意味もない給料を渡しに行くシーンは、自己のありえた姿に対して自己が向き合うことを意味し、また過去の自己に対する弔いでもある。離婚がマイナスや喪失ではなく、自己のあるべき場所に戻るための契機として理解できる点も、このようにして説明される。
あとは説明しようのないシュールな雰囲気はやっぱりすごいな。目にゴミがといって騙すシーンやジュークボックスとコンテナ、弁護士と警察のやり取り、救世軍の音楽に乗せたダンスシーン。これらはひどくアンバランスで、とっても面白い。音楽が全体的に良い。日本語の曲が流れてきたのも笑ってしまった。
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