東京キネマ

娘・妻・母の東京キネマのネタバレレビュー・内容・結末

娘・妻・母(1960年製作の映画)
4.6

このレビューはネタバレを含みます

本作は公開が1960年、成瀬巳喜男55歳の時の作品であります。この年は『女が階段を上る時』含めて4本公開していますから、凄いエネルギーですね。

オープニングは懐かしいTOHOスコープのクレジット。アスペクト比2.35のいわゆるシネマ・スコープです。何故シネスコって言えないかってのはフォックスがパテントを持っていたからなんですね。構造は単純で、撮影時にアナモフィックレンズを使って縦長に圧縮して、それをまた映写時に同じレンズを使えば横長のサイズで投射されるというだけのものです。特別なカメラも映写機も必要ないので、このレンズを使って1960年代は一挙に映画のワイドスクリーン化が進みました。国内では東映スコープ、松竹グランドスコープなども同じシステムでワイド化をしてますが、映画会社が勝手にネーミングして権利上の問題はなかったのかなあ、と不思議に思いますが、まあ昔のことなんで、こういったことには鷹揚だったのかも知れません。この当時はモノクロ・スタンダードとカラー・シネスコが混在していた時代ですが、どうもシネスコだとフレーミングがルーズになってるような気がします。ましてや本作のような家庭劇をワイドにしてもあまり意味がないような気がしますし、おそらく監督自身も本意ではなかっただろうとは思いますが、これは監督と映画会社の力関係ってことなんだろう思います。

前置きが長くなってしまいましたが、さて本作品も成瀬節満載で、家族と金としがらみで濃密な人間関係が描かれています。看板貼れる役者が20人ほどは出てるでしょうか。その一人一人のキャラクターのエッジが利いていて、ちゃんと“生きて”いる演出はさすがです。物語としては、亭主を亡くした出戻り長女(原節子)の所在のない悲しさとか、その長女のなけなしの財産目当てに金の無心をする無神経な妹やら、長兄(森雅之)が親名義の自宅を勝手に抵当に入れて金貸してドンズラされてハラホロヒレハラになったりで、案の定、辛い話ばかりです。

最終的に自宅の処分ということになってしまうのですが、ここで母親(三益愛子)の面倒を誰がみるかで一騒動になります。“ウチはアパートだからな”と次男(宝田明)、“ウチもダメ。お姑さんがいるから”と次女(草笛光子)、“姉さん(原節子)がアパート借りて一緒に住めば?”と三女(団令子)。借金返済の残りを長兄と妻(高峰秀子)の引越費用に使うという提案に猛反発です。“だったらお母さんの面倒はお前らが見ろ”と長兄。その会話を聞いていた長女が“あんたたち!”と一喝します。こんな会話を母親の前でする訳ですか
ら、堪りません。

騒動の後に“あんた(長女)のことだけが一番心配だよ”と母。“だったら、私が一番親不孝ってこと?”と長女が言います。こういった展開が成瀬巳喜男の深いところですね。戦前は長兄が財産総取りが基本でしたし、“家付きカー付きババア抜き”が60年代の嫁入り三大条件なんて言われていた時代ですから、急激に家族のあり方が変わってきてしまったんですね。戦後の(社会主義的)人権意識とか(アメリカ的)民主主義の注入で、それまで大切にしていた日本人の家族関係が崩壊してしまったことがこの映画を見ると良く解ります。

しかし成瀬巳喜男の映画を見るといつも思うことなんですが、半径1メートルくらいの話で良くこれだけの映画を作るよなあ、と毎度ながら感心します。冷静に考えて、金払ってこんな辛い話見て何が楽しいの?、っていう気にもなりますが、成瀬巳喜男の場合はその文脈作りが巧妙だから見ちゃうんですよね。映画で語られるのはリアルな日常なんですが、そのスケッチが整然と積み重ねられてゆくことで、観客も気付かないうちに逃げ場のない絶望へ一直線に向っていく、その演出力が見事だからなんですね。尚かつ、絶望の中でもキラリと微かな希望の光を見いだす落としどころもちゃんと仕掛けてあります。

この映画の場合は、長女の再婚相手(上原謙)が同居に賛成しますし、長兄の奥さん(高峰秀子)も一緒に住む方が自然だと結論を出しますので、結局母親が老人ホームに行くことは回避できますし、そしてエンディングに出てくる笠智衆との出会いも、もしかすると楽しい老後になるかも知れないというニュアンスになっています。成瀬巳喜男の映画の中では“やるせない”を超して“悲しい”感じがしますが、ずしんと心に滲みます。

どうでも良い話ですが、映画の中で「3本立て55円で映画を見る」という台詞があります。おそらくこの時代の物価で考えると今の600円程度だろうと思いますが、いやはや今と比べるとこの時代は随分安い金額で映画が見れたんですね。東宝さんも映画館にお客さんが入らないなんてブツクサ言ってる前に、現在の映画料金を何とかした方が宜しいんじゃないでしょうか。1本1,800円なんていう協定価格は共産主義の国でもやってませんよ。こんなことを言ってもどうせ無理なんでしょうが、こんなデフレの時代で、尚かつ、戦後一回も料金が下がったことがない映画代ってやっぱりどう考えても異常ですよ。
東京キネマ

東京キネマ