かなり悪いオヤジ

クイックシルバーのかなり悪いオヤジのレビュー・感想・評価

クイックシルバー(1985年製作の映画)
3.5
1986年といえば日本のバブル絶頂期にあたっている。ゆえに劇伴で流れるポップスは、『フットルース』や『フラッシュダンス』を思わせる軽―いノリのシャカついた楽曲である。もしかしたら“マハラジャ”や“ジュリアナ”のお立ち台で聴いたことがある人がいるのかもしれない。しかし、株の売買で3000万ドルの資産を築いた金融界の風雲児ジャック(ケヴィン・ベーコン)が、一日にして全財産を失い、メッセンジャーとして再起をはかる物語には、その時代の雰囲気とは真逆のベクトルを感じるのである。

1986年のツール・ド・フランスでグレッグ・レモンがアメリカ人初の総合優勝を飾った影響も大きかったのだろう。車で混み合ったNYの雑踏を猛スピードで走り抜けるメッセンジャー達の駆るピストを、非常に魅力的に映したシーンが多々見受けられるのだ。使用自転車のドロップハンドルには、バーテープもなければブレーキも付いていない。しかも変速機はダブルレバーという(マニア垂涎の)超年代物だ。そんなシンプルデザインのピストをBMXのごとく曲乗りするメッセンジャーたちはとても楽しげで、ジャックもすっかりその魅力にはまってしまうのである。

自分の身体だけで(一攫千金はないけれど)地道に金を稼ぐ地に足のついた生活にすっかり満足していたジャックだが、周囲がそれを許さない。株屋時代の元同僚やアパートで同棲していた(実は金持ち娘だった)バレリーナの卵ちゃん、そしてジャックのせいで全財産を失った両親まで、ジャックの株屋としての才能をこのまま埋もれさせるのは惜しいと、再び立合所にジャックが復帰することを強くオスのである。しかし、豊かではあるけれど一瞬にして全てを失うリスクをはらんだ砂上の生活にジャックは、ほとほとイヤ気がさしていたのであった。

やがてバレリーナのGFが去ったアパートに寝泊まりするようになった、メッセンジャーの同僚として加わった家出“貧乏”少女に「私とは住む世界が違う」と揶揄されたジャックは、ホットドッグスタンド開業のため資金が必要なメヒコの友人のため、いやいや株で大勝負を仕掛けるのである。再び株の世界に戻るのか、このままメッセンジャーを続けるのか、ジャックは苦悩する。ドロップアウトとは言うけれど、もう二度と這い上がれない高さからまっ逆さまに落ちるよりも、人生をより心豊かに過ごせる場所が他にもあるのではないか。物質主義のアメリカには珍しく、コツコツと地道に生きる道を選んだ青年の物語なのである。