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ふじ学徒隊
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『ふじ学徒隊』に投稿された感想・評価

1945年の沖縄戦。
半数近くが戦死した女子学徒隊(看護隊)の中で、ふじ学徒隊25名は戦死者3名にとどまった。
戦禍の惨状と、「死の教育」の中での生へのベクトルを描くドキュメンタリー。


ふじ学徒隊には、特筆すべき点が二つあった。
一つ目は、軍医である隊長が、解散命令を中々出さなかったこと。

他の隊の解散命令は、米軍総攻撃の最中だった。上部は自決、帰宅するため戦場の只中に出て行った学徒達は為すすべなく、そのまま戦闘に巻き込まれた。
対してふじ学徒隊が解散したのは戦闘が沈静化した後だった。壕を出た生徒のほとんどが捕虜となり、生き残った。

二つ目は、隊長の言葉。
「絶対に死んではいけない。」「かならず、生き残れ。親元へ帰れ」

この言葉は、死の美徳が語られた当時、生徒達にどう響いただろうか。
「かならず、生き残れ」
人の耳に届けられる言葉で、これほどシンプルで絶対的な肯定はないのではないか。
平和の時代である今現在でも繰り返したいと思う。
敵とする者にも、もちろん自らにもこの言葉を放ってほしい。


積徳高等女学校、ふじ学徒隊、経緯。

1945年3月23日、豊見城城址の野戦病院壕に配属される。隊長は長野県出身の小池勇助軍医少佐。
4月1日、米軍沖縄上陸。
5月27日、配属された野戦病院壕から糸洲壕へ撤退。
6月26日、小池隊長より解散命令。その後隊長は自決。


2013年8月の感想です↓


透明で、深い湖をのぞいているような気持ちになった。

動いているものがほとんどない。沖縄の自然だけだ。壕からカメラが外をのぞくと、葉っぱが風に揺られている。今度は、深い湖の中から、水面を見上げているみたいだ。

上映時間48分という、短くて、シンプルなこのドキュメンタリーは、深い深いところまで潜って行って、そしてまた戻ってくるという運動のようだ。48分間というのは、息を止めていられる時間なのかと思う。

野村岳也監督、2012年、日本。

海燕社という会社が作っていて、野村監督もこの会社の人みたい。『イザイホウ』(1966年)も是非観たい。製作日記がとても面白い。 http://www.kaiensha.jp/column01.html



※『イザイホウ』は久高島の映画で、戦争映画ではありません。

私の視聴体験の中で印象に残る作品です。
8月の蝉の声につられてチョイス。

配信もないようですが時々再上映されるようなので、機会があれば是非。48分の短い作品です。
yuko

yukoの感想・評価

4.8
2012.8.25 サンピアザ劇場
「北海道と沖縄戦」

上映後、映画の中でも証言されていた元学徒隊員 名城文子さんの講演あり。
沖縄からわざわざ北海道まで来てくださった85歳の名城さん。最前列でお話を聞く。

とても華奢で可愛いおばあちゃんという印象。
その小さな体で、砲弾から逃げながら、水くみ、兵隊さんの食事運び、傷の手当て、ウジ虫を取りながら包帯交換をしていたという...
戦争で家族も全員亡くなったそう。
極限の状況で感情が麻痺していった様子をお話してくださった。
写真や、手づくりの地図、戦争中にはいていたモンペも見せてくれた。

講演後、「さとうきび畑」「月桃の花」「花」「なだそうそう」の演奏があり、名城さんはイスに座って、うなずいたり口ずさんだりしながら聞いていた。
紺地に小さなお花柄のワンピースに真珠のネックレス。
小さな体から息づかいまで伝わってきた。
貴重な時間を目と心に焼きつけた。
(当日の記録より)
柊

柊の感想・評価

3.5
女子学徒隊のほとんどが死への道を歩かざるを得なかったのに、せきとく女学校の生徒は3名の戦死者を出すにとどまった。同じ南部戦線の中で何が違ったのか?
彼女達の豪の小池隊長は死んではならぬ生きて親元へと彼女達に伝えたらしい。この時代この状況で、誰もが死んでお国のためにだったはずで、当然他の学徒隊は解散命令後どうする当てもなく彷徨い多くの命を落とした。ふじ学徒隊は方法は分からなくも生きる事が一筋の希望になったのではないかな?生きて親元に帰ると言う一筋の希望が彼女達を迷わず捕虜にさせたのだとおもう。
誰かが一言、生きるんだと言えばそれで良かったのだと思う。