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ムースの隠遁のtakのレビュー・感想・評価

ムースの隠遁(2009年製作の映画)
3.7
妊婦を主役にした映画を撮りたいと願っていたフランソワ・オゾン監督が、当時妊娠6ヶ月だったイザベル・カレを主役に撮ったのが本作「ムースの隠遁」である。

わたくしごとだが、自分が父親になるまでの数ヶ月間、妻の変化を通じて、女ってすげえ、男は絶対に敵わないと思った。丸くなったお腹で何が起こっているのかを考えると、それはまさに神秘。中高生の時だったか、叔母が授乳している姿をたまたま見てしまったことがある。ごめんなさい!と思う以上に、何か"神々しいものを見た"という気持ちになった。ゲイであるオゾン監督作には惹かれ合う男子もたくさん登場するが、同じくらいに女性の様々な魅力を賛美する映画を撮ってきた人でもある。妊婦の美しさをフィルムに収めた映画を撮りたいと願った気持ち、僕は理解できる気がする。

イザベル・カレを初めて観たのは、全編主観ショットという隠れた秀作「視線のエロス」。その後オドレイ・トトゥ主演作でお見かけしただけなのだが、気になる女優さんの一人だった。その2作品ではどちらかと言うとクールでキツい表情が印象に残っているのだが、「ムースの隠遁」でのイザベルは、とても柔らかい表情を見せる。映画は撮影した当時の俳優をそのまま写したものだ、って当たり前のことだけど、その時でしか撮れない貴重な時間を切り取っているのだなと改めて感じる。

ヘロイン中毒で死んだ恋人の子供を宿したヒロイン。恋人の母からは産まない選択肢を勧められる。葬儀の日で誰からも構ってもらえず、そんな冷たい言葉をかけられる。望まれない妊娠、望まれない自分。世間から隠れるように田舎の小さな家で暮らすムース。この映画の原題は"避難所"。その意味がだんだんと心に染みてくる。そこへ恋人の弟が現れる。彼もまた両親や世間と距離を置く理由があった。彼と過ごす数日間。彼と彼女の心の動きが繊細に描かれる。オゾン映画の優しい視線はこの映画でも健在だ。エンドクレジットを迎えて、名残惜しい気持ちになった。

弟ポールを演じたルイ・ロナン・ショワジーはミュージシャンで、本作の音楽も担当している。劇中ピアノで弾き語りをし、その曲はヒロインの癒しになっていく。エンドクレジットではイザベル・カレとのデュエットでその曲Le Refugeが再び流れる。

ムースが選ぶ結末が期待と違ってあまりに残念。でも、いつか3人の笑顔が並ぶ日が訪れるように…そんな祈りにも似た気持ちになった。
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