MasaichiYaguchi

くちづけのMasaichiYaguchiのレビュー・感想・評価

くちづけ(2013年製作の映画)
3.8
新聞に小さく掲載された実際の事件を基に書かれた東京セレソンデラックスの戯曲を、原作者である宅間孝行さんが映画脚本に書き直し、それを堤幸彦監督が舞台の感動そのままにスクリーンに蘇らせた。
ヒロインの阿波野マコを貫地谷しほりさんが、その父で漫画家・愛情いっぽんのペンネームを持つ阿波野幸助を竹中直人さんが演じ、濃密な親子愛を繰り広げている。
更に宅間孝行さんが、この作品でキーマンであるうーやんを愛情込めて熱演している。
映画は、舞台劇のセットのような「ひまわり荘」という限られた空間の中で、主要キャスト三人をはじめとして、ここの住人達、仙波役の嶋田久作さん、頼役の屋良学さん、島役の谷川功さん、ここの経営者である国村先生の家族役で、平田満さん、麻生祐未さん、橋本愛ちゃんが、そしてうーやんの最愛の妹・宇都宮智子を田端智子さんが演じているが、これら演技巧者の役者達によって珠玉のドラマが綴られていく。
冒頭からハイテンションなキャスト達によるコミカルな展開で笑い一杯だが、本作はコメディーではない。
「明日の記憶」や「MY HOUSE」のような社会派作品も発表する堤幸彦監督は、笑いの中にも「ひまわり荘」の住人達のような知的障害者の置かれた厳しい状況を描いていく。
一般の人々からの彼らに対する冷たい視線。
その延長線上にある、うーやんの妹の悲しい出来事。
それを感覚的に理解して妹と一緒に悲嘆するうーやん。
厳しい現実の中、愛娘マコの将来を思うからこそ、父であるいっぽん先生の苦悩や絶望は深い。
選挙が近くなると、「シルバー世代や身障者に優しい社会の実現を!」とスローガンに掲げる候補者がいるが、この数十年で日本はどれだけ社会的弱者に対して優しい社会になったのだろうか?
コロナ禍による不況の最中、真っ先に彼らのような弱者が切り捨てられているのではないかと思う。
物語がピュアであればある程、「ひまわり荘」の人々の想いや悲しみは、ストレートに胸に押し寄せてくる。
この一見明るくコミカルな展開の裏には、「古代ギリシャ劇」のような悲劇が内包されている。
この作品で大泣きしたその後で、このような人々に対して優しい視線や、彼らの想いを汲み取れるような人々が沢山出てきたら良いなあと思います。