ボブおじさん

帰ってきたヒトラーのボブおじさんのレビュー・感想・評価

帰ってきたヒトラー(2015年製作の映画)
3.9
映画の前にまずこの作品、原作の小説がめちゃくちゃ面白い。ヒトラーに関する本は世界中にいくらでもあるが、いずれもヒトラーを〝絶対的な悪〟として描くことが不文律であった。

そうすることで人々は自分の精神衛生を保ち、この時代の話をすることができた。それは彼の母国ドイツとて例外ではなかった。

ところが2012年にドイツで発売されたこの映画の原作「彼が帰ってきた(帰ってきたヒトラー)」は、その不文律を覆す。ヒトラーが現代によみがえり、モノマネ芸人として大スターになるのだが、彼を悪者としてではなく人間的な、いやむしろ魅力的な人物として描いている。このT・ヴェルメシュの小説はベストセラーとなり本国だけで250万部を売り上げた。

この興味深い原作をデヴィッド・ヴネント監督が映画化。服装も顔もヒトラーにそっくりの男がリストラされたテレビマンによって見出され、テレビに出演させられるハメになった。男は戸惑いながらも、カメラの前で堂々と過激な演説を繰り出し、視聴者はその演説に度肝を抜かれる。

かつてのヒトラーを模した完成度の高い芸として人々に認知された男は、モノマネ芸人として人気を博していくが、男の正体は1945年から21世紀にタイムスリップしたヒトラー本人だった。ヒトラー役を演じるのは、舞台俳優オリバー・マスッチ。

この映画は、タイムスリップものとしても、現代社会への痛烈な風刺としても良くできてる。前半は実在の有名人や政治家、ネオナチと顔を合わせ、アドリブも交えたドキュメンタリータッチで、ヒトラーの時代と現代とのカルチャーギャップで笑わせる。

だが後半では雰囲気が一変する。ジワジワとくる怖さに思わず背筋がゾッとする。外見から喋り方、細かい仕草まで、ヒトラーが乗り移ったようなマスッチのなり切りぶりがみごと。現代のドイツで人気者になっていく彼に向けて、ユダヤ人の老婦人が放った一言にハッとする。「あの頃と言うこともまるっきり同じ。あの時もみんな笑ってた」。

コメディの皮を被ったこの恐怖映画、ネット社会の今こそ義務教育の一環で子供達にも見せてあげたい。


公開時に劇場で鑑賞した映画をDVDにて再視聴。