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オールド・ジョイのlentoのレビュー・感想・評価

オールド・ジョイ(2006年製作の映画)
4.0
ケリー・ライカートのことを知ったのは、日本で「ライヒャルト」と呼ばれていた頃で、原題『Certain Women』(邦題:ライフ・ゴーズ・オン 彼女たちの選択, 2016年)によってだった。

短編小説3作品を、監督の手によって再編成したもので、文芸的な語り口を映像的な語り口へと、上質に編み変えていく感覚に静かな感銘を受けた。もっと他に観たいと思いながらも、日本では劇場未公開だったため、2020年のイメージフォーラム・フェスティバルの特集上映まで機会がなかった(感謝します)。

そして、ようやく配信という形で接することができ、久しぶりに映画から震えるような感動を得ることができた。インディーズ映画の至宝と呼ばれる存在であることからも、作品の規模は小さいものの、心に浮かんだ波紋は、いまでも静かに波打ち続けている。

本作は、ジョナサン・レイモンドという作家の原作によるものらしく、タイトルの「OLD JOY」については、ラスト近くの会話で意味が明らかにされる。

Sorrow is nothing but worn out joy.
悲しみは使い古された喜び

青年期の終わりを迎えた、旧くからの親友である男2人が、ある日キャンプへ出かける。1人は妻の出産を間近に控えており、1人はあらゆる責任から逃れるように各地を転々としている。典型的に無計画な男に振り回されながら、道に迷い、適当な場所にテントを張り、とりとめのない会話を交わす。

そしてようやく2日目の朝に、目的地に到着する。そこで上記のセリフが、無計画な男の回想話のなかで、印象的に登場する。つまりこの映画は、青年期の終わりに、誰でも味わう感傷を描いたものに過ぎない(カーラジオから流れる民主党に関する何やかやも、世相の背景的なざわめきのように聞こえる)。

けれど、ケリー・ライカートのほとんどすべての作品がそうであるように、人生のなかで何度か訪れることになる、先行きの見通せない不安や苛立ちが、澱(おり)のように沈む感覚として映像に立ち上げられているため、静かな説得力が宿っている。

そのように文芸的でありながら、映像と音という映画の表現様式ならではの喜びが、いつまでも胸に残ることになる。優れた作品に接するたびに、祝福とは、語られた内容ではなく、語り口に宿ることを思う。
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