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マエストロのukigumo09のレビュー・感想・評価

マエストロ(2014年製作の映画)
3.5
2014年のレア・ファゼール監督作品。スイス出身の彼女はパリで映画を学んだ後、長編デビュー作の『スイスへようこそ(2004)』がカンヌ国際映画祭のある視点部門で上映されて話題を呼んだ。ファゼール監督の他の作品では『一緒に暮らすなんて無理(2009)』がナタリー・バイ特集の一つとして上映された程度であまり日本では知名度は高くないようだ。しかし近年はテレビでの作品を数多く手がけており、『パリ殺人案内』という旅行者に人気の観光地を舞台にした殺人事件全7作のシリーズのうち、エッフェル塔、オペラ座、ルーヴル美術館、ソルボンヌ大学の4つのエピソードは彼女が監督をしている。日本の動画配信サービスでも簡単に視聴できるため、名のある映画監督が作ったと知らずに観ているケースも多いだろう。
本作『マエストロ』は元々俳優のジョスラン・キヴランの企画で彼自身が監督もする予定だった。しかし2009年に彼は自動車事故で30歳の若さで亡くなってしまったため、その意思を仕事仲間であり友人であったレア・ファゼールが受け継ぐこととなった。このシナリオはジョスラン・ギヴランがエリック・ロメール監督の最後の作品『アストレとセラドン 我が至上の愛(2007)』に参加した際の映画作りの思い出を脚本にしたものである。そこに他の作品の現場で出会ったアリス・タグリオーニとのエピソードも交え、恋愛の要素も加えている。

若手の俳優アンリ(ピオ・マルマイ)はアクション映画が大好きでハリウッド大作の出演を夢見ている。しかし今のところは着ぐるみを着てCMに少しだけ映るくらいで売れっ子とは到底言えないような存在だ。彼は女優のポーリーン(アリス・ベレディ)から映画作品のオーディションに参加するように誘われる。その作品はこれまでアンリが観ていた映画とは異なり、作家性の強いベテランのセドリック・ロヴェール監督(マイケル・ロンズデール)の新作であった。エリック・ロメールを意識したこの監督は詩を愛し、俳優たちの感情的な演技を嫌っていた。テキストに書かれた美しい言葉をはっきりとゆっくりと発することを求める監督に若手俳優たちは戸惑いながらも、監督のアドバイスに耳を傾けている。現場のスタッフの人数も限られていて、プロデューサーは予算のことで頭を悩ませている。出演が決まったアンリは台詞があるだけで大喜びだったが、彼の相手役の女優が怪我をして降板になると、代役を探すのではなく、その役自体を削ってアンリにその分の台詞が与えられるなど、臨機応変な映画作りで、アンリも現場に馴染んでいく。5世紀が舞台にもかかわらず画面後方で携帯電話を使って話しているのが見つかって大目玉を食らったり、犬が本番で全く言うことを聞かなくなったりとアンリは苦労しながら成長していく。競演女優グロリア(デボラ・フランソワ)とのロマンスはロメール作品のようなすれ違いもあり、見ものである。

本作は恋愛要素や青春物語としても面白いが、映画についての映画、映画作りの映画としても大変興味深いものになっている。この映画は2020年に生誕100年を迎えたヌーヴェルヴァーグの長兄にして恋愛映画の巨匠エリック・ロメールの撮影現場をのぞき見するような幸福な作品である。
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