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エビータは眠らないの文字のレビュー・感想・評価

エビータは眠らない(2015年製作の映画)
3.6
 ここまで多くの国民に愛され、その死後も偶像として機能した人物はナショナリズムの時代においてもあまりいないのではないだろうか。
 エビータことエヴァ・ペロンの死後、彼女の遺体をめぐる話をオムニバス形式で描いた作品。ワンカットが長いことと陰影を利用した綺麗なカメラワークが印象的だった。実際の映像を随所に織り交ぜているのもいい。
 死後もアルゼンチンという国家を左右したことを見るとエビータはさながら現代の傾国の美女と言った所か。生前エヴァは演説において「たとえ死んでも 少数派の人びとを支持したい」と述べていたが、結果的に本当にそうなってしまったのだから恐ろしい。死してなお美しいエビータは今なお多くの人を魅了し続ける。作品ではエヴァの遺体を見た者がその美に囚われ、錯乱するシーンが描かれていたが、それを狂気と形容することはできまい。重厚な雰囲気漂うシーンが続く中で突如として現れる対照的な明るい景色の元で倒錯する一人の男。生者ではないエヴァに魅了されてしまうあたりが人間のフェティシズムを見事に表現している。演技なのか疑ってしまうほど素晴らしい。
 エビータを扱っている映画であるからして至極当然なのかもしれないが、作品全体を通してフェティシズム的傾向が多分に見て取れる。何よりエヴァのことを「異教徒の神」と形容しているところがいい。以前マドンナ演じる『エビータ』を見たときはエヴァに国家理性のフェティッシュが付着したように思えたが、本作では神とまで形容されている。その「異教徒の神」を最終的に埋葬した将軍は自身のことを「西洋文明の守護者」のように形容していたが、彼女を批判する者さえもそこに固執せざるを得ないのである。フェティシズムを否定することによって国家の転回を目論んだ者がそれ故にフェティッシュに囚われてしまうのは皮肉としか言いようがない。しかしながら、それが人間の、自己存在それ自体に抱える倒錯した矛盾というものを端的に表現しているように見えた。まさしく「神は正しい」のである。
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