YasujiOshiba

愛のために戦地へのYasujiOshibaのレビュー・感想・評価

愛のために戦地へ(2016年製作の映画)
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シチリア祭り(14)

イタリア版DVDにて。コメディ仕立てだが、ラストシーンのほろ苦さが胸を打つ。『マフィアは夏にしか殺らない』(2013)に続く二作目で、シチリアに蔓延るマフィアの前史を描くもの。すなわち、連合軍のシチリア上陸の際、マフィアがそれを助けたという歴史・物語を検証しようという試み。

ディリベルトは言う。「最初はパルチザンについての映画を作ろうと思っていた。けれど準備をすればするほど、この主題がデリケートなものであることがわかってきた。(中略)おそらく扱うにはまだ経験が十分ではないのだろう。ぼくは監督として十分な力量がないと感じていたんだ。そしたら最後にゆきついたのが、連合軍のシチリア上陸の話だったんだ。イタリア北部でパルチザンが担った役割を、南部ではマフィアが果たしたのだけど、イタリア映画はこのことをずっとなおざりにしてきたんだよ」

この検証の中心にあるのは、外交官のW.E. スコッテン(1904-1958)が1943年に記した「シチリアにおけるマフィアの問題(The Problem of the Mafia in Sicily)」というレポート。イギリスの国立公文書館に保存されていたこの6ページにわたる文書によれば、連合軍はマフィアに関しては3つの可能性を考えていたという。(1)ただちに統制下に置く。(2)マフィアのボスたちと交渉して休戦する。(3)なにもせずに放置する。

スコッテン・レポートは、ファシズム体制のもとではある程度統制されていたマフィアが、戦時下で力を取り戻してきたことが記されている。そんなマフィアとどのように対処するか。それが連合軍が問われていたマフィア問題なのだが、結果として起こったことは、マフィアのボスたちが次々と政治家となり市政を握ってゆくという事態。連合軍側は、結果としてマフィアのルールを飲み込み、しばしば「沈黙の掟」とよばれるその「オメルタ」を容認したということではなかったのか。

「ぼくはは歴史家じゃない、資格といったら詩を書くことができるぐらいさ。当時のシチリアでは、じつに明確な選択がおこなわれ、戦争によって正当化されることになる。自分の敵の敵と手を組むことは、とてもアメリカ的なやり方で、アフガニスタンでもそうだった。いつもうまくゆくとは限らないけれど、シチリアでの実験はとてもうまく行ったんだ。だって、マフィアはアメリカ軍に決して歯向かわなかったからね。マフィアは政治に無関心で、その役割はファシズムや、ナチズムや、コミュニズムを超えるものだ。だから民主主義に、ファシズム体制のときよりもずっとうまく潜り込むんだ。そして国家とマフィアの関係は長く続く。それが壊れるのは、ベルリンの壁が崩壊し、共産主義の危機が去ったときまで待たなければならない。その後、またふたたび接近したみたいだけど、それを追求するのはぼくの役目じゃない」

では、ディリベルトが目指したものは何か。すれは、かつてイタリア映画をリードしたエットレ・スコラやマリオ・モニチェッリたちに続き、みずからが犯した過ちを分析し、イタリアの今のありのままの姿を描き出して、笑い飛ばせるものなら、笑い飛ばしてやろうという、そんな試みではなかったのだろうか。

ディリベルトの言葉に耳を傾けてみよう。「ぼくは、アメリカ人が開放してくれてよかったと思っている。それでなければ、専制から別の専制に変わるだけだったからね。ぼくらはファシストと手を組み、次にナチスと手を組み、それからアメリカ人と手を組んだ。ぼくらが果たした役割はたいしたものじゃない。けれど、ぼくたちはこれまで「意識の究明」 esame di coscienza (良心の検証)(あるいは良心の呵責感じること)を行ったことがないんだよ。悪いドイツ人に罪を被せて、問題を乗り越えてきた。でもぼくらだって同じくらい悪かったのだ。ただ手を組んだだけじゃなかったんだ」

(https://movieplayer.it/articoli/in-guerra-per-amore-pif-le-polemiche-perche-parlo-di-mafia-io-che-facc_16618/)
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