レオピン

ミッシングのレオピンのレビュー・感想・評価

ミッシング(1982年製作の映画)
4.3
今度の軍事政権は最低だ 奴らはナチだ
数週間でこの国の美点を根こそぎだ

ヴァンゲリス追悼

『Z』『戒厳令』は随分昔に観たがこれはまだ未見だった。
コスタ=ガヴラスというと政治サスペンスの巨匠。かつてのフィルムから革命前夜の緊張感とか時々刻々変わっていく情勢に翻弄される人々などを思い浮かべるが、本作も編集が上手くて臨場感が高い。だがここまで虐殺を正面から描いた作品だったとは。こんなに正面から市民の殺りくを描いた作品はそれほど知らない。軍にためらいが一切ない。無造作に殺す。動いているものはみんな撃ての世界。

1973年9月11日。ラテンアメリカでは「911」というとこちらをさすそう。チリで陸軍大将ピノチェトがクーデターを決行した日。

チリで生活していたアメリカ人で作家の卵であるチャールズがある日姿を消した。父ホーマンは議員の伝手を使いながら妻のベスと共同で彼を探す。
この息子の嫁と父が、はじめ全く反りが合わない。お互いに嫁は過激過ぎるし、父は頑固者だ。世代間闘争もある。父はクリスチャン・サイエンスの信仰者で子供はフラワーチルドレン。

ベスはちょっとドジでおっちょこちょい。でも芯が強い女性。親父はなにかと大使館職員に盾突く嫁をたしなめる。なぜいつもそんなにケンカ腰だ。

この父の見方は、何か運動をやっている人をついヒステリックととらえる世間の見方に通じる。でも当たり前なのだ。2週間もたってもいつも同じ答えしか返ってこない。本気じゃないというのがすぐ分かる。終盤になってようやく地元警察によって真面目に聴取される。
「もうそれ 何千回言ったわ」

二人の捜索は米国大使館がベースとなるが、どこか上っ面だけの非協力的なものだった。

劇中、捜索と同時並行で町の不穏な情勢も伝えられる。片時もやまない銃声。そして道行くところで銃口を突き付けられている市民。誰も片づけない転がる死体。。

軍用ヘリが何度か出てくるのが印象的だったがベトナムと同様ヘリは死の表象だ。
実際に、ピノチェト時代「死のキャラバン」と呼ばれるヘリから民間人を突き落とすといった残酷な処刑がはやったらしい。また中盤に出てくるチリスタジアムも収容所代わりになっていた場所で、旧政権側や共産シンパだけではなく一般市民もささいな疑いをかけられ次々にあそこで虐殺されていった。

どうして大使館は冷たいのか。彼らの気まずさのわけははっきり描かれていた。チャールズはある時、米海軍の軍人と出くわす。そこでは彼らはその企みを隠そうともしなかった。

左翼アジェンデ政権の打倒はCIAが裏で画策していた。ピノチェトを操って親米政権を樹立するのが狙い。ピッグス湾事件を懐かしがる軍人にチャールズは確かに接近しすぎたのかもしれない。
これはCIA秘史的な話だが、もう一つ人為的という意味では市場での実験も。シカゴ・ボーイズらによる徹底したネオリベ路線。この後米国グローバル企業が何を行ったのかを知ると背筋が寒くなります。

結局80年代、近隣国が次々民主化する中、アメリカは反共のみを存在理由とするこの軍事独裁政権をもてあますようになる。特にフィリピンのアキノ政変以降は民主化圧力を高めていった。でもそれは全部自分の蒔いた種なのだ。勝手すぎる。

自由の盟主であるかのような顔を振りまきながら、裏庭ラテンアメリカの国々で見せていた強面。その権威主義を象徴していたのが領事館の壁に大きく掲げられていたニクソンとキッシンジャーの二人並んだ写真。まるで金日成親子のように見えてしまい笑ってしまった。

大使らを前にして紳士な態度を貫いていたホーマンだが、しびれを切らして君らスパイとか使ってるだろ、そっちからも働きかけてくれと要請をする。だが頭ごなしに否定にかかる大使「わ我々は中立だよ 誤解しないでくれ」何をしらじらしい

父の変化。嫁への接し方も変わった。自分よりも心の強いベスのことを認め尊敬する。そして無辜の民を殺す軍の横暴に我慢ならんという熱い血潮。いつか、あなた息子さんとそっくりねと女性ジャーナリスト(ジャニス・ルール)から窘められる。やっぱり血はつながっている。

終盤、決定的な情報がフォード財団の男によりもたらされる。息子さんは既に競技場で。。

結局大使と大佐の口からは自己正当化の言葉しか出てこない。空港で遺体の搬出料を請求する大使館職員に対して、

わが国は君らを野放しにしとくほど甘くない

父の信念とそれまでの国家への信頼は崩れ去った。だが代わりに自由に生きた息子、彼の仲間たちと同じように人間を、生活を愛することを知った。

この作品のレモンとスペイセクは見事といっていい。遺品を抱えて二人でゆっくり搭乗通路を歩いていく後ろ姿はとても力強い。政治によって苦しんでいる世界中の人々に勇気を与えるものだ。

声をあげること。不正を憎むこと。自由を愛すること。弱いものの側に立つこと。棺となって帰国したチャールズが教えてくれる。ヴァンゲリスさんの曲はとても優しい。

同時代の『キリング・フィールド』に隠れているきらいがありますが大変な傑作です。

⇒Missing • Main Theme • Vangelis
https://www.youtube.com/watch?v=u_NRgcZcNRI
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