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82年生まれ、キム・ジヨンのHMのレビュー・感想・評価

82年生まれ、キム・ジヨン(2019年製作の映画)
3.9
あの夫は全然いい人ではない。

私は率直にそう思ったが、「いい夫で羨ましい」という感想も少なくない。

少なくとも悪意は感じないけれど、自分が変わるつもりはないのではないだろうか。

特にジヨンの病気を伝えるのがよりによってあのタイミングということに絶望感がつのる。
彼女の再就職を阻む最後通牒を突き付けたのはどう考えても夫だとしか考えられない。
あのタイミングで働かれて、何かあった時に彼自身の生活を変えるのが嫌だったんだろう。

しかもジヨンが一番泣きたいときに、逆に夫が号泣…。一番辛いのは彼女なのに、そうやって周りの人が彼女の感情を盗むから、病気になるのだ。

もちろんジヨンの苦しみは彼ひとりの責任に帰すべきものではなく、社会の構造的差別に原因がある。ただ、あの夫はあそこで号泣することで、自分のせいだと言われることから逃げを打ったようにしか見えなくてズルい。
 

「それでも夫は協力的なのよ」
「やっぱり娘は可愛いから」
というよくある言い回しは「世間」が憑依して口が勝手に動いているのかもしれない。
それにこうやって思考停止しないと、辛すぎてやっていかれない。
キム・ジヨンの場合は隠しきれない本心が「世間」の憑依から少しスライドした「彼女を代弁する世間」の憑依の形で現れると考えられないだろうか。
そう思うとこの症状はいろんな人に当てはまるように思う。
(男性の場合の「世間」の憑依は「仕事ってこんなもんだから」とか。)


YouTubeに上がっている昔のTV番組のコントが、昔はゲラゲラ笑いながら見ていたはずなのに、今見ると差別的すぎて途中で見ていられなくなることがある。5年前のバラエティ番組、10年前の広告の文句が、現在ではハラスメントに満ちたものとして後から指摘されることも多い。
「世間」は根強いけど、声を上げていく人の地道な努力で移ろいゆくものでもあって、価値観は数年単位で変わっていく。
あと「世間」は結構いい加減なものでもある。この映画が日本でもヒットして、ジェンダーギャップによる女性の生き辛さを取り上げることが需要があると数字で示されると、今まではフェミニズムを馬鹿にしていた人々がこぞって取り上げるジャンルになるかもしれない。


今は「いい夫」という感想も散見されるキム・ジヨンの夫への「世間」の評価は、恐らく5年後、10年後には随分少なくなっていくのではないだろうか。

原作に比べて甘い作りという指摘も多いが、そういった「時限爆弾」を仕組んだ映画だと思うと、この映画の効用の真価はもう少し後に問われていくのかもしれない。
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