悪魔の毒々クチビル

呪いのキス -哀しき少女の恋-の悪魔の毒々クチビルのレビュー・感想・評価

5.0
「自分がそうなって、化け物にも感情があるって分かったの」

戦時中、タイのとある村で夜な夜な首が胴体から離れて獲物を貪りに彷徨う悪魔ガスーになってしまった少女のお話。

タイのホラー/ラブストーリーです。
主演のパンティラ・ピピティヤコーンが出演している別作品を最近観て、「何かこの人観たことあるような…」と思って他の出演作を調べたらたまたま今作を見掛けたので取り敢えずチェックしてみました。因みに他作品は全部観たことなかったです。勘違いでした。
このガスー自体、タイでは有名なお化けらしいですね。
まぁ邦題から察していましたが、このガスーになってしまった女の子サイと両想いの青年ノイの普通に切なげな話なんだろうなぁとか2時間って意外と長いけど大丈夫かなぁ、とか思いながら観た訳ですよ。


いやぁ、刺さったね。もう号泣でしたよ。
俺のツボにぴったりハマっちゃう滅茶苦茶物悲しい青春ホラーラブストーリーに2時間釘付け状態でした。

まず幼なじみのサイとノイ、この二人の関係性が非常に微笑ましい。
オープニングで子どもの頃の彼らが描かれていましたが、その後ノイが長い事バンコクで暮らしていたようで、再会シーンでまずニッコリ。
それから久々で若干上手く会話が出来ないうぶな様子にもニッコリ。
あと今みたいにスマホどころかネットも普及していないような時代の話ってのもあって、手探りな感じのあるオールドスクールなやり取りとかも好きでした。
その後ノイが偶然ガスーの正体がサイであることを知って驚愕し二人の間に溝が出来るも、村の和尚の助言もあって夜な夜な彷徨わないようにノイがサイの家まで行って鶏の死骸とかをあげるようになるんだけどさ、ここで食べ終わって首も胴体に戻ったサイが部屋の穴越しにノイに向かって「ガオー」っておどける場面があってそこが信じられないくらいキュートでおじさん勝手に死にそうになったよね。可愛いにも程があるわ。そのちょっと前の互いに受け入れる事を覚悟した無言のハグも素晴らしい。
もうね、頼むから皆放っておいてあげてくれと。どうか幸せに生きてくれと。

しかしそう上手い事行くわけもなく、村にやって来たガスーハンター集団がとある出来事をきっかけにサイに疑いの目を向け始め出し…
とまた色々展開していくんだけど、このきっかけになる場面もね、めっちゃ微笑ましかったのに成る程そう繋がってしまうのか。悲しいなぁ。

そしてこれまたサイに長いこと片想いしている二人の幼なじみのジャッドという青年がいまして、彼の存在も単なる三角関係だけでなく非常に重要な役割を担って来ます。
特に後半、片想い故に自分の中にだけ留めていた思い、そしてあの人のせいでとんでもない目に遭ってしまう姿が痛々しく切なかったですね。それでも最後まで自我を貫いたのがまたグッと来るものがありました。
というか皆さん演技も凄く感情的で良かったです。

これ、よく考えたらガスーになったのって幼少期にジャッドがサイ達を肝試しに連れて行ったからだし、ハンター達がやって来たのは空襲で行き場を無くしたノイが仕方なくとは言え連れて来たからだしで、皮肉にもサイを想っている二人の行動が悲劇に繋がっているんですよね。悪気は無かっただけにそこに気付くとまた観ていて辛くなりました。

中盤むっちゃ神秘的なあの場所での二人の初キスはね、良いよね。何か途中から勢い余ってディープになってたけど、全然エロさはなくてただ純粋に良かったね、って思えました。
そんな感じで本当に幸せになって欲しいと願えば願うほど、視聴者の心をへし折ってくる展開の数々はしんどかったです。
ガスー自体は基本的に人を襲わないという事実や途中で変身を抑える方法が見つかったりと、僅かな希望を見せてくれるかと思えばそれも絶望への前降りでしかなかったみたいな事も多くて「止めてあげて…止めてあげて…」とクッソ辛くなる。
まぁこれよりもヘヴィな鬱映画は沢山ありますが、登場人物への感情移入が凄い分こっちの方がキッツいのよ。

2時間たっぷり使ってメインキャラの想いやガスーへの憎悪が蓄積されていく村人なんかを描いていて、ぶっちゃけ全然退屈しなかったですね。ガスーという存在の掘り下げも後半に活きていて良かった。ていうか本当にサイって理不尽なまでに不幸が降り注いで来ただけなんだなって…
もうちょい長かったとしても全然行けたと思う。俺はね。

因みにホラーだけどジャンプスケア的な演出は特に無いし、ガスーの見た目も首と心臓と触手くらいでそんなにエグくはないですが、劇中出てくる動物や人間の死体は内臓がしっかりはみ出ていたりとまぁまぁゴアっていました。
あとアレの変貌の過程は結構悲惨。
終盤は意外にもCG多用のバトルシーンまでありまして、決して出来は良いとは言えないものの充分許容範囲だったので個人的にはマイナスでは無いです。
まさかの和尚さん大活躍も格好良かったし、そこでそれに繋がるのかぁ、と納得もしました。悲劇の種がまたこんな所にも…
そう言えばもう一人の幼なじみで小さい頃一緒に肝試しにも行った少女ティンも、三人と比べると本筋からは外れ気味でしたが友達を守ろうと必死になっていた姿が見られて良かったです。

ラストはきっとそうなんだろうなって思っていても、分かっていても溢れ出てくる涙が止められねぇです。切ねぇです。
そのままあの回想シーンに入るのは涙腺のオーバーキルです。

ラブコメをたまに観るくらいでストレートな恋愛映画って殆ど観たこと無いんだけど、物理的に乗り越えられそうな障壁よりもこういう人知を超えたどうにもならないシチュエーションの方が辛いよなぁ。

何度でも観たいけれど観たくない、新たな悲しい傑作に出逢えました。ドンピシャで刺さりました。
今まであまりタイの映画を観ていなかったので、タイ映画と聞いて無意識にパッと浮かぶのがトニー・ジャーの膝蹴りくらいだったんだけど今度からパンティラ・ピピティヤコーンの「ガオー」になりそう。