平野レミゼラブル

ファヒム パリが見た奇跡の平野レミゼラブルのレビュー・感想・評価

ファヒム パリが見た奇跡(2019年製作の映画)
3.0
【奇跡は自らの一手で掴み取るもの】
THE・オーソドックス・サクセスストーリー。
母国バングラデシュに母親や妹を残しながら父親と共にパリへと亡命し、チェスの才能を開花させていった8歳のファヒム少年の挑戦を描いた実話を基にした映画。ファヒム少年は母国でも天才チェス少年として名を馳せていたのですが、何せ政変の続く不安定な母国で目立つことはそれだけリスクも生まれるわけで。特にファヒムの父親は社会運動にも参加しているため、母国での成功は綱渡り状態となってしまったんですね。
最近だと『カセットテープ・ダイアリーズ』のお父さんも一家の幸せのために移民となった苦悩などが描かれていましたが、どこか家父長の傲慢さも表出してしまったあちらと比べるとこちらのお父さんは終始穏やかで、何よりファヒム少年の才能と幸せを願ってパリで最高のチェスの教育を施そうと奔走している姿が感動的です。バングラデシュ人の気風なのか、30分遅刻しても平然としている時間のルーズさはどうかと思いますが(笑)地元じゃ消防士やっていたのに、そんな時間感覚でいいのかと物凄く突っ込みたかった。

穏やかかつ色々ルーズで気が弱い父親を補佐する形になるファヒムくんの聡さも中々健気です。冒頭から大人相手の賭けチェスでおこづかいを手に入れているファヒムくんの逞しさよ。
子供だってこと差し置いても、チェスだけじゃなく色んな物覚えが良いんですよね。数学の引っ掛け問題でも発想の転換でまさかの答えを導き出しますし、半年かそこらで父親のための通訳として動いたりする。父親が身を粉にしてまで育てる気持ちが物凄くわかる。
とはいえ、ところどころ年相応に子供らしい部分もあってチェスで惨敗を経験したら怒って飛び出しちゃうし、スパルタンなチェスの師匠に怯えていきたくないと溢したり。聡くはあるのですが、保護者必須というバランスでこの親子はずっと一緒にいなくちゃ駄目だっていうことは強調されていくのです。

そのファヒム少年にチェスを教える師匠のシルヴァンってのが絵に描いたような偏屈ツンデレジジイというのが、またドラマ的。しょっちゅうイラついてはチェス盤を叩くし、ファヒムと年もそう変わらない少年少女たちに暴言吐いたりするような厳しい人なんですが、事務の女性に恋しててその人の前じゃたじたじになったり、父親が夜勤で帰れなくなったファヒム少年を心配して家に泊めてくれたり(事務の女性に頼まれたってのも大きいけど)なデレっぷりを垣間見せてくれるのが可愛い。ある種のテンプレ的ではありますが、ちゃんとデレる時には何かしらのオチをつけてコメディチックにしてくれるのが良いんですよ。
事務の女性が家に来る→急いで部屋を片付けてパンツなんか冷蔵庫に突っ込む→事務の女性「ファヒムくんをよろしくね」シルヴァン「えっ…あっうん…」→シルヴァン「まあなんでも好きなもの食べるといいさ…」→ファヒムくんが冷蔵庫を開けると、そこにはパンツが!→そっ閉じ
こんな調子でなんか可愛いツンデレジジイです。

チェス映画である以上に家族や人間ドラマを中心にしている感じではあるので、意外に試合はあっさり流し気味ではありましたかね。まあチェスの手とか詳しくやっても難しいだけなので、そこは最初から求めていなかったところではあるんですが。
ボビー・フィッシャーやボリス・スパンスキーなどのグランドマスターの逸話はシルヴァンによって紹介されたりはするので、その辺りは『完全なるチェックメイト』を観た身からすると興味深くはありましたが。

難民となっても中々移住が許されない現実。一定の技能を持った人間しか残れないという厳しい環境。
本作は確か2011年辺りの時代設定だったと記憶しているのですが、フランスでの難民問題は現代でも深刻化する一方。そういう意味では、本作は現代と地続きの問題を提示しているワケですね。
ファヒム少年はその天才的なチェスの才能で、チェスという戦場を生き抜くばかりか、自分自身と家族の未来を切り拓く現実も戦場と定めて努力するのです。そのひたむきさは感動的ではあるのですが、同時にチェス競技という戦場の外でも才能がなければ生き残れないというのはどこか歪にも感じてしまい、ファヒム少年のように戦い抜く才がない人をも許容する社会が到来することを望んでしまいます。