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画家と泥棒のRenのレビュー・感想・評価

画家と泥棒(2020年製作の映画)
4.0
ドキュメンタリーに見えないドキュメンタリーの傑作はたくさんあるけど、その中でも群を抜いて「フィクションみたい」だと思った。編集の巧みさもさることながら、単純に脚本が作為的なものだとしか思えない。非常に面白かった。

自身の絵画を盗まれた画家(バルボラ・キシルコワ)が、その犯人(カール・ベルティル・ノードランド)に肖像のモデルを依頼する。そこから二人の数奇な関係が....という内容。
まず、開始17分に訪れる第一のクライマックスで心を持っていかれた。カールは、自身の顔が描かれた絵画を見て堰を切ったように泣き出す。そしてこの瞬間、“画家と泥棒“ の関係性が一気に結実し浮かび上がる。孤独・逸れ者として生きてきた犯人のことを見つめて向き合ったバルボラ。絵のために物理的に「向き合った」2人が、次第に人間として「向き合う」ようになっていく。

お互いの性格やバックグラウンドをお互いが語る中盤。向き合いながら、次第にお互いが共依存的関係になっていく様がじわりじわりと描かれていく。
このまま終われば社会から無視されがちな人間(カールはドラッグやアルコールに溺れ、ギャングの仲間として生きた経歴の人間)と心を通わせるハートウォーミングな実話ものとして収束できますが、今作はそこまで単線的ではありません。人物への共感と感情移入が少なくとも二転する。スポットは当然ながらバルボラにも当たり、表現者とは?という問いを真っ向から投げることにもこの映画は挑む。

以前もFilmarksで引用したが、サカナクション山口一郎氏の「友人の訃報を聞いた際、"これも音楽にできる" と一瞬でも考えてしまい、全てを音楽の出汁として生きている自分に嫌気がさした」といった旨の発言。今作も、根底のところでは似たような問題提起に挑んでいたと思う。
カールにあなたの過去を教えてと話すバルボラ。人助けか?アーティストとしての知的欲求・好奇心か?の狭間で観客は揺さぶられる。

ラスト15分で、心情のドラマだけではないさらなる展開が待っていて驚き。そういえばあの人物がいた....というサスペンス的展開。印象操作にも近いのでフェアかは微妙だけど、カールとバルボラの2人の物語なので個人的にはあり。
カールもバルボラも、我々が想像するような枠の中の思考や行動に留まっている人間ではなかった。と同時に、どんなに社会から疎外されるような犯罪者やマイノリティであっても、豊かな思いやりのある心を持ち合わせているという性善説の結論に着地するため後味は非常に爽やか。いかなる人間も偏見の中に閉じ込めてはいけない、という普遍のメッセージ。「犯罪に生きた人間」と「芸術への好奇心で突き進むアーティスト」の共依存の先にある、純粋な人間愛の話。全てがドキュメンタリーの枠の中で行われているのが凄まじい。
アカデミー賞ではショートリスト止まりだったのが信じられないくらい。本選に行ってほしかった。

時系列を意図的に操作する編集によって、より「人間の多層的な面」が分かりやすく表現されていたのが見事で、もっと広まってほしい秀作だった。『燃ゆる女の肖像』かと思いきや『ゴーン・ガール』だった、でも後味は『美女と野獣』という話....。
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