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ノマドランドのStroszekのネタバレレビュー・内容・結末

ノマドランド(2020年製作の映画)
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このレビューはネタバレを含みます

ジェシカ・ブルーダーの原作をクロエ・ジャオが脚色・監督。

新年を花火で祝うシーンがあり、大晦日に観るのに相応しい映画だった。

砂漠の雪、海、鉱石等々、主人公ファーンの心象風景とリンクしているようなアメリカの自然描写が素晴らしい。

ネヴァダ州エンパイアにある企業の閉業に伴い、社員宿舎に住んでいた人々も明け渡しを余儀なくされる。フランシス・マクドーマンド演じる主人公のファーンの夫ボーは元社員だったが、彼はもう亡くなっていた。ファーンはヴァンに荷物を積み、Amazonの物流倉庫で季節労働をしたり、ノマド的生き方を推奨する哲学者のキャンプに参加したりする。

彼女は追い込まれた訳ではなく、自ら車上生活を選んだことは重要だと思う。

しかし、レジ係や学校の代用教員として働いてはいたが、自分自身の職業を持たなかった壮年女性に、アメリカの世の中は厳しい。年金だけでは充分ではないし、働くのが好きということで仕事を探すファーン。彼女が従事する倉庫での配送準備も鉱物の仕分けをする仕事も国立公園の管理スタッフも、基本的には肉体を酷使する労働だ。

日本でも年の瀬に、厳しい外での肉体労働に従事する老人を見ることが増えた。老いた人々を働かせて、政府は何をやっているのかと思う。

と思いながら観ていたが、ファーンは労働をしながら楽しそうである。ここで「仕事が好きだから」という彼女の言葉が生きてくる。ノマドとしてアメリカの荒野で暮らしている中年、老人たちの暮らしは創意工夫に満ちていて、前向きに楽しんでいる感じがある。車を整備したり、コーヒーを沸かしたり。なんというか、「アメリカン・ドリーム」を感じさせる。それが厳しい現実と表裏一体の概念であることを理解させられた。

バッドランズ国立公園で一緒に働いたリンダが使う「アースシップ」という言葉など、めちゃくちゃヒッピー文化を感じさせ、明らかにアメリカ西部開拓時代へのレファレンスもあるが、アメリカ文化の素養はないので背景はよく分からない。

マクドーマンドは放尿、下痢便、キッチンペーパーで拭く、と路上生活のリアルさを体現する厭わない名演。

ドキュメンタリー調で俳優の台詞回しは大仰でない。また、観客の心を揺さぶろうという変に作為的な演出がないので、とても観やすい。

ファーンのキャンプの先輩スワンキーは肺がんを患い、余命が少ない。彼女が人生の美しかった瞬間を述べる場面がある。また、夏にファーンは白いワンピースで暮らし、洞窟の水流に全裸で身を浮かべる。それぞれの場面の直後に映し出される茜色の空が非常に美しい。

壮年女性の彷徨を描いたロードムービーであり、家に縛りつけられないことの解放感を感じさせる。ディヴィッドの自宅に迎え入れられそのままそこで暮らすこともできたのだが、綺麗なリビング、赤ちゃんの玩具、寝心地の良さそうなベッドを確かめるように見たあとで、「あ、やっぱここに嵌るのは無理だわ」とばかりに車を運転して逃げ出す描写がリアル。

「車上生活を選んだ人の住民票はどうなるのだろう。病院にかかっているが、保険証は使えるのだろうか。ソーシャルセキュリティナンバーがあればどうにかなるの?」等々、現代アメリカ生活で知らないことばかりが頭に浮かんでくる映画だった。

終盤、「ボーがいたから」とファーンがエンパイアを離れられなかった理由を述べると、ノマドの教祖的人物もまた、大切な人を失っていたことが分かる。物語の推進力としてのいやな人間や銃が出てこない映画は貴重で、監督の確かな力量を感じさせる。

ファーンは割れてしまった皿を修復するなど、過去の生活の残滓にまだ縋りついているところがあった。しかし最後にファーンは、車に詰め込んでいた家財道具を処分し、"No, I'm not going to miss one thing"と言う。その後エンパイアに向かい、昔住んでいた社宅を見回し、そこを車で去るのが本作のラストカットである。

大事なのは「モノ」ではなくちゃんと心の中に生き続けているということを、路上でのいろいろな人との出会いによりファーンが学ぶまでの物語と言える。
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