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果てしなき情熱のパングロスのレビュー・感想・評価

果てしなき情熱(1949年製作の映画)
2.5
◎ヨーロピアンルックな習作jukebox melodrama

1949年、新世界プロ・新東宝製作、東宝配給
モノクロ、91分、デジタル上映
*ホワイトノイズ大。音声が聴き取り難い。

市川崑(1915-2008)と言えば、小津安二郎(1903-1963)、黒澤明(1910-1998)と並ぶ日本映画界を代表する世界的巨匠。
邦画全盛期の『炎上』(1958年)、『野火』(1959年)、『ぼんち』(1960年)などは、オヅ、クロサワが成し得なかった別境地の大傑作だし、活動期間が長かったこともあって、映画斜陽期にも『犬神家の一族』(1976年)や『細雪』(1983年)といった大作で国民的ヒットを勝ち取っている。


【以下ネタバレ注意⚠️】




小生にとっても、女流社会派の第一人者、山崎豊子による半自伝的世話物を原作とした『ぼんち』(2024.1.23 短評投稿)は、大スター市川雷蔵が肩の力を抜いて本領を発揮したベストアクトが堪能できる、My most favorite cinema の第一に数えたいほど偏愛する作品だ。

本作は、その大巨匠市川崑が33歳にして、監督として、ようやく自分らしい作品に出会えたと喜んだ作品。

脚本の和田夏十は、前年に市川と結婚し、公私ともに長年のコンビとなる妻の由美子夫人との共同執筆名で後に由美子夫人単独のペンネームとなるが、本作は市川本人のシナリオ。

ところが、これが本人が落ち込むほどの無惨な大失敗作。
妻から「こんなことでダメになるなら、本物の監督じゃない。若いんだから失敗してもいいじゃないか」と励まされたという(*1 )。

序盤は、銀座あたりと思しき街路に面した「三文キャバレー」の看板を映すところから始まるが、ヨーロッパ調の石畳のある街並みごとセットを組んだようだ。

主人公の作曲家三木竜太郎(堀雄二)が住む屋根裏部屋の窓から見える屋根の櫛比する都会の風景や走る電車は明らかにミニチュアだと観てわかる。

セット撮影の東京でのシークエンスは、全体にヨーロッパ調を感じさせ、陰影の付け方や構図の決め方はシャープ。

長野あたりと思しき白樺林や枯れ木が不気味に立ち並ぶ湖水のシーンは、現地ロケだが、白黒のコントラストを利かせ、やはりシャープな絵作りとなっている。

ところが、いくらルックがヨーロピアンでシャープでも、肝心のドラマがグズグズなのだ。

作曲家の三木は、終始陰気な顔で悩んでいるが、その悩みの正体が一向に理解できない。
主人公の内心を、本人のナレーションで説明する、というのも下手な脚本の極みだ。

三木は、湖水で知り合った(というのも変な設定だが)貴婦人小田切優子(折原啓子)に一方的な思いを寄せながら、「三文キャバレー」の女給しん(月丘千秋)と結婚する。

三木がしんに対して、突然結婚しようと言ったかと思うと、急に結婚はやめだ、と言い出したり、やっぱり結婚したり、成り行きで結婚しただけだと言ってみたりと支離滅裂。

作曲家の癖に、完成した楽曲を、キャバレーで歌う雨宮福子(笠置シヅ子)がレコードにしたと知ると、
「俺の曲だ。お前には、わからない」
とレコードを割ってみたりと、とにかく何を考えているのか、全く理解不能な主人公なのだ。

観はじめた当初は、「監督 市川崑」のクレジットに胸躍り、いつ停滞したドラマが動き出すかジリジリしながら銀幕を見つめたが、最後までグズグズ。
いくらルックが凝っていても、ドラマがダメだと、これほど観るのが苦痛なのかと驚いたぐらいだ。

「三文キャバレー」には、その名に反して、笠置シヅ子演ずる雨宮福子のほか、月丘夢路、特別出演の山口淑子(李香蘭)、淡谷のり子ら4人の名歌手が次々に登場しては、服部良一の楽曲を披露する。
ある意味で、ジュークボックス・ミュージカルの先駆けのような趣向の作品でもあり、とくに29歳の山口淑子の美しさは輝くばかりである。

確かに、山口淑子の《蘇州夜曲》や笠置シヅ子が表情豊かに歌う《セコハン娘》《ブギウギ娘》のシーンになると、ようやく鑑賞に耐えるホンモノに触れた思いでホッとはする。
しかし、全体の作りの下手さ加減で、それらのシーンも充分真価を活かせているとは言いがたい。

脇役陣には、月丘千秋の義理の母役に清川虹子、怪優伊藤雄之助、初期の小津映画の常連斎藤達雄ら名優を揃えているというのに、やはり彼らの持ち味を引き出せずにいて、まことにもったいない限りだ。

小津にも、『宗方姉妹』『東京暮色』などの失敗作があったが(それらを評価する向きもあり)、対する本作の市川は、若さゆえの習作的なド下手ぶりと言うべきもの。

大巨匠にも、大失敗作がある、ということを知って、かえって安心したという効がいちばん大きいかもしれない。

作品自体は、1.5 点ほどしか付けられないが、山口淑子、笠置シヅ子、淡谷のり子の競演で + 5 点、市川崑習作期の珍品で絵作りには観るべきものがある資料価値で + 5 点を加算し、2.5 点としたい。

《参考》
*1 「果てしなき情熱」で検索
ja.m.wikipedia.org/wiki/

*2 果てしなき情熱
1949年9月27日公開、91分
moviewalker.jp/mv27005/

*3 市川崑初期作品集 果てしなき情熱
www.odessa-e.co.jp/cont/kon/03.html

*4 ブギの女王から銀幕のスターへ
特集 笠置シヅ子
2024.3.30〜4.19 シネ・ヌーヴォ
www.cinenouveau.com/sakuhin/kasagishizuko2024/kasagishizuko2024.html
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