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スティルウォーターのStroszekのネタバレレビュー・内容・結末

スティルウォーター(2021年製作の映画)
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このレビューはネタバレを含みます

オクラホマ州のスティルウォーターからフランスのマルセイユに向かうビル。ルームメイトを刺殺した罪で収監されている娘アリソンに会うためだった。面会中に彼女は弁護士のルパルク先生への手紙をビルに渡す。それは真犯人は別にいる証言があったと、再捜査を要請する内容だった。

アメリカ人肉体労働者であるビルと、フランス人の弁護士や舞台女優といった人々との関係性が興味深い。ビルは最初、ルパルク先生を男性だと勘違いしているが女性である。彼は無学だが、ホテルの受付の女性にも"Yes, ma'am"を付けるような丁重さだ。しかしそれは、彼に自分が社会の最底辺の人間だという自覚があるからだ。彼は前科者として、下からすべての人を見上げている趣がある。

ビルが油田採掘工から現場作業員として肉体労働を続けてきた過去や、妻が自殺した過去が徐々に明かされる。

とにかく細かい描写の積み重ねが素晴らしい。特に「言葉のすれ違い」がこれでもかとばかりに繰り返される。そもそも単身フランスに乗り込んだビルは、フランス語を解さない。印象に残る箇所を列挙してみる。

アリソンが弁護士のルパルク先生への手紙の中で、自分を"I can not rely on him. He is not capable."(父は頼れない。有能ではない)と評していたことを知りショックを受けるビル。その後、弁護士の助手が探偵を紹介する際に、"They are all very capable."と同じ形容詞を使ったことが癪に障り事務所を飛び出す。この「彼にはできない」という評価が後のビルの暴走につながるのでは、と思わされる。

アリソンがアキームという青年が真犯人だと言い出したので、ビルは自分で捜索を開始する。アキームがいるという地区で初めて入ったコンビニ。なんと最初にビルが写真を見せた店員が「知ってる。この辺に住んでる」と言うのだが、彼は気づかずに他の人に「この人知ってる?」と話を振る。店員が発したフランス語が分からなかったからだ。

のちにアリソンに関しても、言語の通じなさに関する事実が明らかになる。彼女はアキームに「リナを追い出して」("Put her away")と言っただけのつもりだったが、彼はリナを殺してしまうのだ("She told me to get rid of her")。ちなみにアキームを監禁して真実を聞き出そうとするビルがなかなかアキームのカタコトの英語を解さない場面がある。彼にアキームの言葉が入ってくるのは、Stillwaterという綴りが真ん中についたネックレスを貰ったとアキームが言い出したからだ。それは渡仏前に餞別としてビルがアリソンにやったものだった。  

アキームを探すことになったとき、「Facebookから写真を印刷したから、これを元に探したら?」と言うヴィルジニーの勧めを、ビルは一瞬「娘を守らなきゃ」と断っている。彼もまた、アリソンは現実逃避のために他に犯人がいたと妄想している、と解釈していることが分かる。アリソンの言うことを全面的に信じている訳ではないのだ。

アキームを追ううちに街の暴漢たちにボコボコにされたあと、ビルはヴィルジニーとマヤというシングルマザーの母娘と仲良くなり、同居することになる。アリソンが初めて仮釈放となった日に、彼女たちのアパルトマンに、ビルは娘を連れていく。ビルとマヤがサッカーをしているときに、ヴィルジニーとアリソンが話す。"Don't overrate(trust?) him. He's a fucker."とアリソンが言う。彼女の母親の遺品を預けていた貸倉庫の代金をビルが滞納し、遺品は処分されていたからだ。  

このようにアリソンはビルが家族にまつわる思い出を大事にしない人間だと思っていたが、彼は彼女が渡仏する際に渡したた"Stillwater"のネックレスのことを覚えていた。ビルは娘のことを大事に思っていたのだ。しかしアリソンはリナを自分の生活から排除するために、そのネックレスをアキームに与えてしまっていた。アリソン自身が、家族ゆかりの物を大切に扱っていなかった。ネックレスの存在は、ビルにアリソンのリナ殺害への関与を確信させる。言葉ではなくその物自体が、アリソンの罪を父親の眼前だけに暴き出す。  

ビルがマヤを連れてオリンピック・マルセイユのサッカー試合を観に行った際、アキームの姿を見つける。このくだりは本作で最もスリリングな場面である。ビルがマヤを群衆のなかに置き去りにし、何か酷い目に遭わすのではないか、という意味の嫌なスリルだ。それくらいビルは危なっかしい。

ルパルクに紹介された元刑事に、ビルはアキームの毛髪のDNAを手渡し、「アキームは逃げない」と言う。映画では一切描かれないが、元刑事がその後、アキームが誰か推定し、その彼が行方不明であることを突き止め、ビルがどこかにアキームを監禁していることを推測し、ヴィルジニーのアパートを訪れるまで、1日もかからなかった。プロは仕事が速い。しかしその有能さをリナの殺人事件でも発揮して欲しかった。そのあとにビルのもとを訪れた刑事たちも有能そうなのに、なぜアリソンの冤罪に気づかなかったのか。彼女を無罪にしたのは、彼女自身に「有能ではない」と言われながらも素人捜査を続けた、専門家の知識など何も持たないブルーカラーの父親だ。正に一念、岩をも通すな結末。

素人捜査で危険な目に遭い、ムチャをしたビル。最終的にビルが元刑事に届けたアキームの毛髪がDNA鑑定で殺人現場にあったものと認められてアリソンは釈放される。ビルの持つアメリカ人的ネバーギブアップ精神とど根性が報われた形になる。キリスト教の敬虔な信者でありながら、子どもに嘘をつかせたビル。愛する義理の家族を失い、娘の犯した罪(アキームへの嘱託殺人)を知ってしまった彼の支払った代償は大きい。

ヴィルジニーの立つ舞台の台詞で、「真実はない」という言葉が繰り返される。限りなく殺人を犯したに近いアリソンと、彼女の無罪を信じながらも半信半疑なビルを表すようである。

マット・デイモンの無骨な肉体労働者ぶりがいい。アビゲイル・ブレスリンのフランス語も素晴らしく、キャラ造形に説得力を与えている。苦い後味だが、人間への洞察が深い映画だった。
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