さすらいの用心棒

パンケーキを毒見するのさすらいの用心棒のレビュー・感想・評価

パンケーキを毒見する(2021年製作の映画)
3.0
第99代内閣総理大臣・菅義偉とその周辺に迫る風刺ドキュメンタリー映画


政権発足時には歴代3位の高支持率でスタートした菅政権は、首相の「令和おじさん」「叩き上げの苦労人」といったイメージも燃料となって、携帯料金の値下げ、脱はんこ化、不妊治療の保険適用などわかりやすく人気のある政策を繰り出し、順調な滑り出しを切った。高い支持率を得た理由として日経は「首相の人柄や安定感を挙げる回答が多かった」と述べている。

本作においても、菅氏をよく知るジャーナリストや野党政治家らが言うには、気遣いができ、他の政治家に媚びず、有言実行の信頼できる人物といった評が多く、僕自身も菅氏と面会したという知人から「軽い冗談も言える人」といった話を聞く。僕も会って話をすれば、もしかするとその人柄に惹き込まれるところがあるかも知れない。実際、菅氏が本作に出演していれば、会見や国会では垣間見えない表情がそこにあっただろうと想像する。

だが、本作のオープニングは、菅グループに属する議員、元秘書、記者、果てはスイーツ店からの取材拒否からはじまる。本作が“主役”側からの視点で照射される機会は、これで断たれた。

製作は『新聞記者』『i 新聞記者ドキュメント』などを手掛けた河村光庸プロデューサー。
これまで政権への疑義と批判の眼差しを作品として昇華してきた河村だが、彼が監督に本作の企画を打診したタイミングは昨年の10月半ば。その時点で、公開予定は翌年7月末と決まっている。どんなに急いでも製作期間は半年にも満たない。ドキュメンタリーの製作期間としては、どう考えても異例の短さだ。そのうえ、主題となる総理周辺への取材はことごとくNGと来ている。
新たな視点を提示する素材も時間も限られているなか、それでもひとつの作品にして上映までこぎ着けた製作陣の労力は相当なものだったと想像するが、残念ながら短い製作期間の弊害は至るところに見て取れた。

映像素材が不足しているためか菅氏に対する切り口は統一感がなく、所々に挿入されるアニメーションは唐突な感じが否めない。石破茂氏のインタビューでは遠目のショットでピントがボケてしまっている。
大手メディアを抜いてスクープを連発する文春と赤旗、特に本作では赤旗が取り上げられたが、彼らがなぜスクープを飛ばせるのかという理由については、官邸との関係を崩したくない「記者クラブ」に未所属である面が大きく、そこに触れられていないため構造が見えづらくなってしまっている。
『女賭博士』のオマージュや、木漏れ日のなかで女性が菅氏の著書を読んでいる皮肉なイメージ映像も、ユーモアが尖りすぎてやや滑っている印象すら受ける。

他にも上げたらキリがないが、この作品で述べられる主張について自分はほぼ同意する。ただ、この主張を映画館から発信しても、無投票・浮動票の層がチケット代1,800円払って2時間着席しているとも思えない。彼らを包括できるほどのユーモアがこの作品にあるとも思えない。反自民党の観客から持ち上げられただけでどうしても終わってしまう。

それに、映画が公開されている時点で現実が映画を追い越してしまっている。
東京オリンピックの高揚感も振るわず内閣支持率は3割まで下降。その不人気から「菅首相では選挙の顔にならない」と党内からの支持も失い、昨日、総裁選不出馬を言明。今月末に総理大臣退任となった。事実上、映画は賞味期限を切ってしまった。

監督は本作を「菅首相をイジる映画」と形容している。考え得る限り最悪の人物を7年間も支え継承するとのたまう政治家を、結果的に許してきた自分らも含めてイジっていたなら、一時の政権の価値を問うよりもっと意義のある作品になっていたような気もする。
毒味だけに満足せず、毒を食らわば皿まで食らう覚悟を見せてほしかった。