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オッペンハイマーのTakihaRe9uieNのレビュー・感想・評価

オッペンハイマー(2023年製作の映画)
5.0
もし「連鎖反応」が止まらなかったら

⚪︎あらすじ
 「原爆の父」であるロバート・オッペンハイマーは、第二次世界大戦中に世界初の原子爆弾の開発に成功した。原爆投下による被害は甚大でありオッペンハイマーは深く苦悩をするようになった。そんな中、アメリカは冷戦状態になると赤狩りが行われ、オッペンハイマーは赤狩りの対象になってしまう。「世界を変えてしまった男」の苦悩と葛藤の物語。

⚪︎映画を見る前に
 この映画はカラーパートとモノクロパートのシーンがごちゃ混ぜに組み込まれており、核分裂爆弾「原爆」を推進した、ロバート・オッペンハイマーの主観である「FISSION」というパート。そして、核融合爆弾「水爆」を推進したルイス・ストローズの主観である「FUSION」というパートに分けられています。なので映画を全て同じ時間軸として観てしまうと意味不明な映画になってしまうのでご注意あれ。

・「FISSION」1954年 オッペンハイマー聴聞会が軸(カラーパート)
 第二次世界大戦後に行われたオッペンハイマーが機密情報取扱許可(セキュリティクリアランス)の資格を継続する必要があるか否かの調査が行われます。核開発において軍事機密の取り扱い許可がどうしても必要であり、資格を失うと核関連の世界には関わることができなくなり実質追放になってしまいます。しかし、この聴聞会は裁判ではないので公平性がなく、オッペンハイマーの資格を剥奪する結論ありきの会である。オッペンハイマーはロジャーロブ元検事に問い詰められ、過去の話を掘り返していくといった流れになっている。

・「FUSION」 1959年、ルイスストローズ公聴会が主軸(モノクロ)
 アメリカの商務長官に任命することを議会が承認するか否かの会議である。(経済産業大臣のようなポスト)

〜映画の進行順に振り返る〜

⚪︎冒頭のシーン

「プロメテウスは神々から火を盗み人類に与えた。そのために彼は岩に繋がれ、永遠に拷問を受けた。」
 この映画の全てを表現した文章、ラストシーンにもつながる。ギリシャ神話上の神、プロメテウスとオッペンハイマーを重ねている。

⚪︎第一幕 オッペンハイマーの過去
 
ここではオッペンハイマーがどういう人物か?いかにして理論物理学者になったか?が描かれており、「内向的で人付き合いが下手」、「不安定」、「知能は高いがナイーブ」、「決意の固さと怖いもの知らず」ということが分かる。そして彼が理論の世界に引き込まれる理由となった量子力学の天才であるニールスボーアと出会い、マックスボルンのもとで量子力学を学び発展させるところが描かれる。
ここでは友人であるイジドールラビやアーネストローレンスと出会う。

・共産党員との関わり
オッペンハイマーは宗教哲学にも造形が深い人物であったため、1930年の大恐慌の影響で資本主義への失望の空気もあったことから左翼的思想が芽生えるようになった。共産党員との絡みは聴聞会の揺さぶりのネタにされていく。
・ジーンとの不倫関係
・エルテントンの情報漏洩関係

⚪︎第二幕 原爆開発

 1938年に核分裂反応が発見されたことにより、「核分裂反応を連鎖的に起こす」ことができれば莫大なエネルギーを起こすことができることに気づいた。核分裂反応が爆弾に応用できることを理解したため、核爆弾の製造計画である「マンハッタン計画」が実施されユダヤ系2世であるオッペンハイマーは対ドイツを掲げ計画に参加する。
 オッペンハイマーは共産党員との関わりが疑われていたため、共産党員とは関わらないことを約束した。オッペンハイマーの故郷であるロスアラモスに研究所を設立し打倒ナチスのため原爆制作に参加している。

⚪︎水爆開発 モノクロパート
 このパートでは1949年のロシアによる原爆実験成功のデータが検出されたことにより唯一の原爆保有国だったアメリカの優位性が無くなったことを描いています。
 ストローズは科学者たちを招集し事態を解決するために働きかけるのですが意見は2つに分かれることになり、ストローズは原爆を上回る爆弾である水爆の開発を進めることを支持し、オッペンハイマーは国際的に話し合いこれ以上核兵器が作られないように管理する仕組みを作ることを支持しました。この会議からオッペンハイマーとストローズによる意見の食い違いが発生しこの映画の本筋である二つの本筋である「FISSION」と「FUSION」がより明確になりました。

・トリニティ実験と原爆投下
 1944年、ドイツが敗戦濃厚であり、当初の計画である対ナチス目的での原爆開発は必要ないと結論付けられます。
 ここで原爆開発の停止を恐れたオッペンハイマーが強く原爆開発続行を主張した結果、原爆を日本に落とすという前提で世界初の核実験である「トリニティ実験」が行われてしまいます。
 このパートで描かれるのはオッペンハイマーが「ナチスを止めるために原爆を開発する」という目的から「原爆を開発したいから日本に爆弾を投下する」という本来の目的が入れ替わったことを示しています。このときオッペンハイマーは真っ黒なコートを着ており、誰も擁護することができない「黒い」存在になったことを表現し作中で数少ないオッペンハイマーを否定的に描くシーンになっています。
そしてトリニティ実験は成功し、二つの原爆が運ばれていきます・・・
このパートは日本人からしてはとくに気まずいシーンの連続でした、トリニティ実験の成功に歓喜するシーンはアメリカからしては喜ばしいことではあると思いますが、このあとどうゆう結末を迎えるのか知っている私たちは複雑な気持ちになりますよね。

・原爆投下後のシーン
 オッペンハイマーは原爆を投下されたことをラジオで知ります。これはオッペンハイマーの意志とは関係なく爆弾が使われてしまったことを意味しており、英雄として迎え入られることへの不信感が強まることになります。そしてトルーマン大統領に取り合うも「君には何も罪はない、使ったものに罪があるのだ」と言い放たれます。ここでオッペンハイマーの中に強まっていた「核拡散の懸念」が核心へと変わります。大統領の自覚のなさから当時のアメリカの愚かさを印象付けています。
 原爆の投下シーンはないのはあくまでもこの映画はオッペンハイマーの追体験であり、実際に見ていない瞬間は反映されていないからだと言われています。


⚪︎第三幕 赤狩り
 1950年に「マンハッタン計画」に参加していた科学者フックスがロシアに原爆の機密情報をロシアに漏洩していたことが発覚し、トルーマン大統領は水爆開発プロジェクトを支持し核開発競争が起きることになり冷戦時代となります。ロシアとの関係が悪化するにつれ、上院議員であるマッカーシーは内部での団結力増強を図るため革命思想のある「共産主義者」を失脚させる運動である通称「赤狩り」が推進されることになります。
赤狩りの風潮が強まるとかつて共産主義を掲げていたオッペンハイマーも対象にされてしまいます。ここでオッペンハイマーに恨みを抱いていたストローズが行動を起こし、赤狩りの空気に便乗しオッペンハイマーを社会的に抹殺することを画策しようとします。

・ルイス・ストローズの目論み
 ストローズはアメリカ原子力委員会の長官なのでオッペンハイマーの戦時中の調査資料を入手し横流しすることで、FBIに「オッペンハイマーはロシアのスパイである」と告発を行います。話は大統領まで周り、アメリカ原子力委員会はオッペンハイマーに対する聴聞会を開くことになります。

⚪︎オッペンハイマー聴聞会(カラーパート)
聴聞会でオッペンハイマーはジーンとの不倫や、エルテントンのスパイ疑惑などを暴露され精神的屈辱を受けることになります。結果的にオッペンハイマーはセキリティクリアランスを没収され、原子力委員会から追放されます。

⚪︎ストローズ公聴会(モノクロパート)
 1959年のストローズの公聴会ではストローズが商務長官にふさわしいかの調査が行われます。ストローズは自分が優位に立つためなるべくオッペンハイマーから遠い人物であるテラーとヒルを呼び、ストローズの長官時代の行いを確認をしようとしました。しかしテラーはストローズを擁護しましたが、ヒルはストローズがオッペンハイマーを失脚するために裏で動いていたことを洗いざらい証言してしまったため、ストローズは商務長官任命を拒否されるどころか政界からも追い出されてしまいます。

⚪︎ラストシーンと作品のキーワードである「連鎖反応」について
 
「もし連鎖反応が止まらなかったら」

原子爆弾は核分裂反応を「連鎖的」に起こすことで爆発させていますが、爆発による核分裂のエネルギーが大気中の窒素に引火し更なる連鎖反応を引き起こしてしまうのではないかという懸念が生まれました。もしそうなれば地球上の全ての大気がなくなり人類は絶滅してしまうリスクがあったため計算をする必要がありました。計算上では連鎖反応が起こる確率はほぼゼロだったためトリニティ実験へ移行しましたが、この可能性は早々に低確率だと分かったそうですがなぜこんなにも映画で深掘りされていたかというと、連鎖反応を大きな視点で見たときに、トリニティ実験では大気圏に引火せず連鎖反応は起きなかった、しかし、原爆が開発されたことにより世界中の核開発を促進させ核で脅しあう時代になってしまった現代に謎らえています。
 つまり「オッペンハイマーが起動した核爆弾の連鎖は止まっていない」ことを指しています。ラストシーンではそのことを打ち明けアインシュタインが失意に落ちその場をさりエンディングが流れます。
 ノーラン特有の映画を観る人への投げかけを行っており、「止まらない連鎖反応」の中、核で脅し合うことでしか成り立たない「偽りの平和の世界」をあなたたちは歩んでいる。というメッセージになっていると思いました。

⚪︎ロバート・オッペンハイマーは罪人なのか?
 この映画を観た後のオッペンハイマーの印象は割と「人間味」のある人なんだな、と思いました。オッペンハイマーは確かに原爆を作るのに取り憑かれていた感はありましたが、それは科学者としての欲求であり、自己実現の証明をしたかっただけに過ぎませんでした。
 「オッペンハイマー」のコンセプト上、彼の追体験をしている気分になってしまうので、今まで味わったことのないベクトルの恐怖を感じました。オッペンハイマーが悪いということではありませんが、自分が「世界を変えてしまった」という罪悪感と葛藤が痛いほど伝わってきました。

⚪︎感想
 日本人にとってセンシティブな話題である「オッペンハイマー」ですが、「日本」を軽視するようなシーンは無かったと思います。ノーランの意図的に「原爆は絶対にダメ!」というより「オッペンハイマーの苦悩」を描いていると思うのでこの映画を観て、「日本人を馬鹿にしている」とか「日本の惨状をもっと入れて欲しい」とかはちょっとお門違いだと思います。むしろ日本人は絶対見て欲しいと思います。私たち日本人は世界で唯一の「別の視点」を持っておりどうしても気まずいシーンがあるかも知れませんが、どう足掻いても日本に原子爆弾が投下された、という歴史は変えられないのでこの映画を見るときは「原爆を落とされた国」とは別の視点でこの映画を観て欲しいです。
 この映画は「クリストファー・ノーラン」の要素がふんだんに使われていたと思いました。パート分けの手法は「メメント」でも使われていました。映画としての見応えがあり良かったと思います。キャストがいい演技ができるようにセットまで作り込む、などCGを使わないノーランのこだわりとメッセージが強く伝わる作品だと思いました。
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