リコリス

アンデス、ふたりぼっちのリコリスのレビュー・感想・評価

アンデス、ふたりぼっち(2017年製作の映画)
4.6
監督が30代で虫垂炎で亡くなられたのが悲しい。淡々と撮影しているようで、突き刺さる場面が多く、神話のように記憶に残る。

よく自然に帰ろう、自然との共生、なんて言うけれど、そんな生易しいものじゃない。

アンデス山脈、滝、氷河と絶景だけれど、5000m超え高地で乾燥して天候は急変し、平地が無いから農作物もやっと。風が渡るくらいの無音の世界。

この二人が貧困と孤立にさらされているのは勿論、近代化やグローバリゼーションのせいもある(息子の姥捨て)。先住民の伝統文化が失われていく比喩的抗議として観ることも出来る。

しかし、この生活を伝統に培われた二人の満たされた暮し、現代に比べ恵まれているなんて云うやつをぶん殴りたい。こうして暮らしていくのが、本当に豊かで幸せなのか。仮に集落として暮らしていたとしても、他の世界を知った若者たちは、山の過酷な生活を捨て去るだろう。(若者たちは都市でも先住民差別を受けるそうで、ルーツを失い、更に過酷な人生に転落していく可能性があるらしいが)

一日の大半は生きるためにしなければならない仕事で、休む暇がない。食事を作る(カマドに火を点け乾燥芋作って)、着るものを作る(毛糸繰りから手で織って)、家を整備する(屋根の雨漏りを草で埋め、種火を燃やす木を刈り)、家畜の世話をする(牧草を探して)。分業して暮らす現代の生活の恵まれていること。

余剰なく物は使い切る、今いる世界以外の情報が(戦争、災害、パンデミックなど)一切なくても生きていける。でも余裕や平安はない。二人はひたすら精霊に祈り、大声で相手に話しかけ、息子が帰らないことを嘆くが、懸命に支えてきた日常生活があっけないほど崩れてしまう。老い、コカの葉、さらさら積もる雪、病と薬草、焼き尽くす火、羊とお腹の子、ヤクの泣き声…。時間は止められない。

パクシがアンデスを背負うように立つラストシーン、まるで山に死にに戻るように見えた。

私たちも二人とは別の形で、雑多なことに翻弄されながら、なんとか日常を支えて、それが続いていくような気持ちでいる。でも、それは永続的なものではない、人間は束の間のちっぽけな生き物に過ぎない、自然や時の流れに対して無力と、改めて戦慄した。

何よりも「こういうことを言いたい映画なんだ」と決めつけるのが勿体無い。
リコリス

リコリス