ナガエ

またヴィンセントは襲われるのナガエのレビュー・感想・評価

-
以前、こんな話を聞いたか読んだかしたことがある。

誰しもが「背中に視線を感じる」という経験をしたことがあるだろう。「誰かに見られている気がする」と思って振り向くと、やっぱりその通りだった、というような。しかし、どうしてそんなことが起こるのだろうか?

あるいは、「目が合った」というのは、かなりピンポイントな感覚としてやってくるはずだと僕は思っている。ほんの僅か視線をズラすだけで、「目が合った」という感覚から遠のいてしまう。ただ「目を見ている」のではない、「目が合った」としか表現しようのない状態が、確かに存在するのだ。しかしこれも、「目を見ている」と「目が合った」がどのように区別されているのか、分からないだろう。

そして、その理由は、科学的にもまだ分からないようだ(ざっくり調べただけなので、もしかしたら何か判明していることがあるかもしれないが)。

で、僕が聞いたか読んだかした話というのは、「『目から何か物質が出ているのではないか』という仮説の基に研究を行っている科学者がいる」というものだ。確かに、目から何か未知の物質が発されていて、それが「背中に当たる」ことで「視線を感じる」、あるいはそれが「目の中心にピタッと届く」ことで「目が合った」という感覚になるのではないか、というわけだ。

この話を聞いて「そんなバカな」と感じる人もいるとは思うが、正直、現代物理学はもっと奇妙な話で溢れているので、僕からすれば「目から何か物質が出ていても全然不思議じゃない」ぐらいの感覚だ。もしそうなら、それはそれで面白い。

本作を観ながら、そんなことを思い出していた。というのも本作は、「目が合うと襲われる」という体質を持つ人物の物語だからだ。

ヴィンセントはある日、職場で突然暴行を受ける。ヴィンセントには、何がなんだかさっぱり分からない。しかもそんな謎の暴行が2件も続けて起こったのだ。当然、「ヴィンセントが何かしたのでは?」という見られ方になる。しかし少なくともヴィンセントと観客はそうではないことを知っている。ヴィンセントは、ただそこにいただけで突然襲われてしまったのだ。

そしてその日から、彼は日々「謎の襲撃」を受ける機会が増えていった。車のドライバー、同じマンションの住人などなど、心当たりもないのに当然襲われてしまうのだ。

やがてヴィンセントは、1つの仮説にたどり着く。毎回、目が合うと襲われていた。まさか、それが原因なのか?ヴィンセントは、ネットで「謎の暴力事件が増加している」という動画をたくさん見る。またカーラジオも、国内で謎の暴力事件が拡大していることを伝えていた。

どうにかしなければ。彼はとりあえず「人」から離れるために、父親から車と別荘の鍵を借り、人里離れた田舎に引っ込むことにしたのだが……。

さて、まず1つ書いておくと、全体的には面白かったのだが、「目が合った人間から襲われる」以上の展開がちょっとなく(まあ、無いことはないのだが)、もう少し展開がほしいと思った。

ただ、「目が合ったら襲われる」というシンプルな設定は、なかなかに絶妙だ。というのもこの設定は、世の中に溢れる「意味不明な暴力」を総じて代表するような性質を持っているからだ。

最近あまり聞かないが、少し前はよく「電車で足を踏まれた」みたいな理由で暴力を振るったり、時には殺人にまで発展するようなことがニュースで報じられていたように思う。あるいは、ヤクザとか暴力団とかがなんとなくしているイメージ(暴対法後は恐らくしていないだろうが)の「メンチを切られたから」みたいな理由での喧嘩も、まあ謎すぎる。さらに、これは賛同してもらえないかもしれないが、僕には「宗教的な対立からの暴力・戦争」も、同じような括りに入る。すべて、意味不明である。

もちろん、「意味が理解できたら暴力は許容されるのか」と言えばそんなことはないし、だから意味が分かろうが分かるまいが大差はないと言える。しかしやはり、「まあそれだったら仕方ないよなぁ」と同情できる状況の方が個人レベルの話で言えばまだ許容できるし、また、「この人はどうしようもなく暴力を振るってしまっただけで、暴力を振るうようなタイプの人間ではないはずだ」とも思える。しかし「意味不明な暴力」の場合は、「単にそいつが暴力的なだけなのではないか」としか感じられないし、そうであれば、やはりそのような人間は社会から排除されて然るべきだと感じる。

そして本作の設定は、そのような「意味不明な暴力」をすべてひっくるめてシンプルに提示しているような潔さがあって、設定だけ考えれば非常に非現実的なのだが、とてもリアルに感じられる作品だった。

本作の設定の興味深い点は、「このような異変は、主人公だけに起こっているわけではない」という点だ。しかしだからと言って、「誰にどのような状況で起こるのか」も分からない。この点については最後まで分からないままだ。個人的には、それで良かったと思う。僕は「意味不明な暴力」全般を描き出している映画だと捉えていたので、下手に「理屈」を説明されるよりは、すべてが謎のまま終わる展開は良かったと思う。この理不尽さの中に、僕らも生きているのだということを突きつけてくるのだ。

しかし、こうなってしまった世界は、一体どのように収拾がつくのだろうか。まあその「可能性」も描かれるのだが、しかしその理屈もはっきりとは分からないため、結局その世界に生きる者に自発的に出来ることは何もない。その不条理さもまた、僕らが生きている世界らしいものだろう。

メチャクチャ面白いということは無いが、ワンアイデアを最後まで貫き通すという作品としては、なかなかインパクトがあると言えるのではないかと思う。
ナガエ

ナガエ