アメリカ映画で育児ノイローゼ的な描写をするのも珍しいな、という印象から入りました。でも主人公姉の子どもへの姿勢は割とドライ。「子育てめっちゃ大変でクソガキすぎて意味わからん時もあるけど、まあ可愛いから頑張るねん。たまに我が子サイコかなって思うけど。わっはっは」的なことを明言する感じはけっこう共感します。
主人公ジョニーは子どもにインタビューしまくるラジオ製作をしており、子どもについては有識者ぽいんですが甥っ子の面倒には手を焼いちゃう。
甥っ子ジェシーは結構エキセントリック。スピっぽい言動もあったり、すぐヘソを曲げたり。一方、ラジオインタビューを受ける子どもたちはとても立派ですね。なんなら自分の住んでる街とか国とかを憂いていたりまでしてます。
対比してるのは明確なんですが、なんとなく自分にはラジオの子どもたちのインタビューを素直に見れませんでした。なんか優等生的というか、子どもって国を憂うかなあ、そんな達観してるかなあと。ジェシーのなんでなんで攻撃にこそ、はっとする内容があったりするもんです。
終盤、ジェシーとジョニーが心を通わせるようになって以降のラジオインタビュー描写では子どもたちから「幽霊」「タトゥー」「天国」のような捻ってない幼いままの発言が目につくようになります。ラジオ製作しているジョニーの子どもを見る目が変わったという描写かと考えました。
育児はつらいと言っていいし、子どもだからといって神格化しなくていい。大人も子どもも素直になったコミュニケーションの方がうまくいったりするかもよ、的なカラッとしたテーマなのかなあと思ったりしてます。
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・途中モノローグで入る2つの引用がすごい沁みるやつでした。"母性について"と"被写体のイメージについて"。前者は「社会全ての重荷を母性に被せてません?」という疑問。後者は「撮影される立場になるとどうしても自己イメージを創ってしまい、それが一人歩きするよねー」という教訓。
・なんかどうしても上記2つの引用が主題に絡んでいるような気がしてならず。特に後者に関しては、ラジオの優等生達に絡めている気がするのです。